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2018-11-28(Wed)

中山寺星祭節分会2019

古くから伝わる中山寺の追儺式(一年の災いを払う儀式)は、宝塚歌劇団生扮する観音様に、貪(とん)、瞋(じん)、痴(ち)3匹の鬼が諭されて、福、禄、寿の善神に変わる様を音楽法要として現代風にアレンジしたもので、午後から2回行われます。宝塚歌劇団生を福娘、関西の各界で活躍している方々を福男として豆まき式も催されます。その年の当たり星をお祭りし、悪い年は悪事災難を免れるように、良い年は一層良くなるように祈祷する「節分開運星祭(星祭特別祈祷)」が斎行され、申込者には御札が授けられます。
所在地:〒665-8588兵庫県宝塚市中山寺2-11-1
開催期間:2019年2月3日13:00~、15:00~
交通アクセス:阪急宝塚線「中山観音駅」から徒歩1分、またはJR宝塚線「中山寺駅」から徒歩10分
主催:中山寺
問合せ先:中山寺0797-87-0024
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2018-11-28(Wed)

門戸厄神星祭(節分)2019

個人の本命星を供養し、一年の除災招福を願う法会が門戸厄神で行われます。境内の厄神堂には、日本三体厄神の一体とされる厄神明王が祀られており、厄除開運を願う参拝者で賑わいます。午前10時より柴灯大護摩供が行われます。
所在地:〒662-0828兵庫県西宮市門戸西町2-26
開催期間:2019年2月3日9:00~17:00
交通アクセス:阪急今津線「門戸厄神駅」から徒歩10分
主催:門戸厄神・東光寺
問合せ先:門戸厄神・東光寺0798-51-0268

2018-11-28(Wed)

中山寺ねはん会2019

西国三十三所の第二十四番札所として知られる中山寺で、毎年恒例のねはん会が営まれます。大ねはん図の御開帳(2月11日~18日)が行われます。本尊の十一面観音立像をはじめ複数の重要文化財があるほか、約500体以上の羅漢が安置されている羅漢堂など、寺内は見どころ多数です。
所在地:〒665-8588兵庫県宝塚市中山寺2-11-1
開催期間:2019年2月15日
交通アクセス:阪急宝塚線「中山観音駅」から徒歩1分、またはJR宝塚線「中山寺駅」から徒歩10分
主催:中山寺
問合せ先:中山寺0797-87-0024

2018-11-28(Wed)

なにわ七幸市2019

大阪にある七つの社寺を巡ると七徳七才を授かり、あらゆる願いが叶うとされる「七幸巡り」にあわせて、大阪天満宮の境内で七幸市が催されます。天満は昔から青物、魚、乾物の青空市が有名で、七幸市ではその賑わいが再現されます。
所在地:〒530-0041大阪府大阪市北区天神橋2-1-8
開催期間:2019年2月3日9:30~16:00
交通アクセス:JR東西線「大阪天満宮駅」から徒歩3分
問合せ先:大阪天満宮06-6353-0025

2018-11-28(Wed)

市島十日恵比須祭り2019

市島恵比須神社の例大祭で、宵恵比須、本恵比須が毎年1月9日と10日に行われます。縁起物をもとめる多くの参拝客で賑わいます。当日は氏子らにより甘酒がふるまわれます。
所在地:〒669-4324兵庫県丹波市市島町市島
開催期間:2019年1月9日~10日
交通アクセス:JR福知山線「市島駅」から徒歩5分
主催:市島自治振興会
問合せ先:丹波市観光協会かすが観光案内所0795-70-3501



2018-11-28(Wed)

越木岩神社節分祭2019

子授け、安産の信仰を集める越木岩神社で節分祭が催されます。19時から節分祭が開始され、その後は、境内で一斉に豆まきが行われます。
所在地:〒662-0092兵庫県西宮市甑岩町5-4
開催期間:2019年2月3日19:00~
交通アクセス:阪急「甲陽園駅」もしくは「苦楽園口駅」から徒歩20分、またはJR神戸線「さくら夙川駅」から阪急・阪神バス「越木岩神社北」下車
問合せ先:越木岩神社0798-31-0009

2018-11-28(Wed)

露天神社(お初天神)節分祭2019

露天神社参集殿にて追儺式(豆まき)が執り行われます。午後4時30分頃からぜんざい、うどん、御神酒がふるまわれ、提灯が赤々と灯る境内は多数の参詣者で賑わいます。地車囃子の奉奏の後、午後6時から地元有力者による福豆撒与があり、年男、年女であれば一般の方も参加できます(有料、予約が必要)。午後6時30分からは、お火焚き神事(護摩焚き)が行われます。
所在地:〒530-0057大阪府大阪市北区曽根崎2-5-4(大阪駅前第3ビル東向い)
開催期間:2019年2月3日ぜんざい、うどん、御神酒のふるまい/16:30~18:00豆まき神事/18:00~お火焚き神事/18:30~19:00
交通アクセス:JR東西線「北新地駅」から徒歩5分、またはJR「大阪駅」から徒歩8分
主催:露天神社奉賛会
料金:無料
問合せ先:露天神社06-6311-0895

2018-11-28(Wed)

庄内神社節分祭御神火祭2019

五穀豊穣、商工業繁栄などのご利益で知られる庄内神社では、節分祭に「御神火祭(おひたきまつり)」が行われます。氏子崇敬者より納められた祈祷木(きとうぼく)数千本を、神職が一本一本諸願成就を祈念しつつ焼納します。その後に、福豆が授与されます。
所在地:〒561-0833大阪府豊中市庄内幸町5-22-1
開催期間:2019年2月3日節分祭祭典13:30~、祈祷木焼納神事14:00~15:00、福豆授与15:00~
交通アクセス:阪急宝塚線「庄内駅」から徒歩15分、または阪急「梅田駅」から「上津島行」の阪急バス「島江」~徒歩2分
主催:庄内神社
問合せ先:庄内神社社務所06-6331-1287


2018-11-28(Wed)

成田山不動尊節分祭2019

多くの著名人が豆まきに参加することで有名な成田山では、古来より受け継がれた儀式により、「千升大福枡」が設置された全長150mの舞台上で、「世界の願い」である交通安全を祈る豆まき式が開催されます。本格的に春を迎える立春の前日に、すべての難を払う意味で豆がまかれ、不動明王の大きな慈悲により、その前ではすべての鬼も改心して鬼ではなくなるという言い伝えから、成田山では「鬼は外」は言わずに「福は内」とだけ唱えます。「追儺豆まき式」のほかに、福豆をまく「招福豆まき式」も行われ、生まれ干支や厄年などに関係なく誰でも気軽に参加できます。
所在地:〒572-8528大阪府寝屋川市成田西町10-1
開催期間:2019年2月3日1回目/10:30(豆まき役は招待者のみ)、2回目/12:00、3回目/13:00、4回目/14:00、5回目/15:00※3回目と5回目は追儺豆まき式、2回目と4回目は招福豆まき式
交通アクセス:京阪本線「香里園駅」から徒歩15分もしくはバス約5分「成田山不動尊前」下車
主催:成田山不動尊
問合せ先:成田山不動尊072-833-8881

2018-11-28(Wed)

須磨離宮公園迎春2019

神戸市の須磨離宮公園では、12月22日から1月14日に、恒例の「ジャンボ松竹梅の展示」が行われます。1月5日から6日は「新春昔あそび」(雨天中止)が、13日には「新春もちつきとぜんざいのふるまい」(雨天中止、先着400人)や、「なかよし太鼓の演奏」(雨天中止)が催されるなど、お正月の期間にさまざまなイベントが行われます。
所在地:〒654-0018兵庫県神戸市須磨区東須磨1-1
開催期間:2019年1月4日~14日9:00~17:00(入園は閉園30分前まで)※休園日は毎週木曜(祝日の場合は翌日)・12月29日~1月3日
交通アクセス:JR神戸線「須磨駅」から75系統「妙法寺駅行」の市バス「離宮公園前」すぐ、またはJR神戸線「須磨海浜公園駅」から徒歩20分、または第二神明道路「須磨IC」から車すぐ(姫路方面)、または阪神高速「月見山IC」から車約5分(大阪方面)
主催:神戸市立須磨離宮公園
料金:入園料が必要/15歳以上(中学生を除く)400円、小中学生200円※1月4日は入園無料
問合せ先:神戸市立須磨離宮公園078-732-6688

2018-11-28(Wed)

大覚寺身振り狂言2019

「身振り狂言」は、天保11年(1840年)奉納の記録が残る大覚寺の伝統行事で、本堂前の舞台で、鰐口の鉦と太鼓の囃しによる無言の狂言がすすめられます。この日のみ、授与される兵庫県の郷土玩具「厄除昆布だるま」に、名前、年齢、干支を書いて、一年間神棚などに置いて、無事息災を祈り、翌年の節分の日に寺へ納める風習があります。当日は、豆まきも行われます。平成20年(平成8年)に、兵庫県ふるさと文化賞を受賞しました。「芦刈からくり堂」では、能楽「芦刈」を題材にした「からくり人形」の上演もあります。
所在地:〒660-0867兵庫県尼崎市寺町9
開催期間:2019年2月3日10:00~19:00豆まき/12:00~、14:00~、17:00~、19:00~
交通アクセス:JR神戸線「尼崎駅」から「阪神尼崎行」のバス「阪神尼崎駅」~南西へ徒歩5分
主催:大覚寺
料金:無料
問合せ先:大覚寺06-6411-2705

2018-11-28(Wed)

大阪天満宮お針まつり2018

針に感謝し労をねぎらう「お針まつり」が大阪天満宮で行われます。境内の吉備社での神事のあと、参拝客が大きなこんにゃくに折れた針や古くなった針を刺します(参加無料)。物品の販売や、ぜんざいなどのふるまい(なくなり次第終了、志納金必要)なども催されます。
所在地:〒530-0041大阪府大阪市北区天神橋2-1-8
開催期間:2019年2月8日神事/10:00~10:30頃、催し物/10:30~12:00頃
開催場所:大阪天満宮境内吉備社
交通アクセス:JR東西線「大阪天満宮駅」から徒歩3分
主催:大阪和服裁縫協同組合
問合せ先:大阪天満宮06-6353-0025、大阪和服裁縫協同組合06-6648-6888

2018-11-28(Wed)

えんま天供2019

無病息災、特に中風除けにご利益があるとされる中山寺の恒例行事「えんま天供」が行われます。ご祈祷済みの大根がいただけます。西国三十三所の第二十四番札所として親しまれています。
所在地:〒665-8588兵庫県宝塚市中山寺2-11-1
開催期間:2019年2月16日10:00~14:00頃
交通アクセス:阪急宝塚線「中山観音駅」から徒歩1分、またはJR宝塚線「中山寺駅」から徒歩10分
主催:中山寺
料金:祈祷有料
問合せ先:中山寺0797-87-0024

2018-11-28(Wed)

0号線のPLATFORM2018

0号線のPLATFORM2018見に行ってきました。

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2018-11-28(Wed)

ディアモールクリスマス2018

ディアモールクリスマスを見に行ってきました。

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2018-11-28(Wed)

阪急百貨店梅田本店ショーウィンドウ2018

阪急百貨店梅田本店ショーウィンドウがクリスマス用になっていました。

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2018-11-25(Sun)

観音会座(初観音法要)2019

本尊である国宝の千手千眼観音菩薩坐像が公開されます。度々の災厄を免れて、損傷もなく当初の美しい姿をそのままに残している秘仏で、千四十二臂の腕をつけた美しい観音様です。
所在地:〒583-0024大阪府藤井寺市藤井寺1-16-21
開催期間:2019年1月18日大般若経転読法要/14:00~
交通アクセス:近鉄南大阪線「藤井寺駅」から徒歩5分
料金:毎月の18日御開帳の内拝料/500円
問合せ先:葛井寺072-938-0005

2018-11-25(Sun)

堀川戎神社十日戎2019

堀川戎神社の「十日戎」は毎年1月9日から11日まで3日間夜通しで行われ、商売繁盛、福徳円満などを願う人々が吉兆を付けた福笹を求めて賑わいます。境内や参詣道は約500個におよぶ提灯で飾られ、周辺には200もの露店が立ち並びます。関西演芸協会のメンバーによる古典芸能の奉納(9日~11日)も行われます。
所在地:〒530-0047大阪府大阪市北区西天満5-4-17
開催期間:2019年1月9日~11日
交通アクセス:地下鉄谷町線・堺筋線「南森町駅」から徒歩3分
主催:堀川戎神社
料金:境内散策自由
問合せ先:堀川戎神社06-6311-8626

2018-11-24(Sat)

京都御所

京都御所は、京都府京都市上京区にある皇室関連施設。14世紀から明治2年(1869年)までの間の「内裏(禁裏)」、すなわち歴代天皇が居住し儀式・公務を執り行った場所である。現在は宮内庁京都事務所が管理している。

○概要
平安遷都(延暦13年・794年)時の内裏は、現在の京都御所よりも1.7キロ西の千本通り沿いにあった。現在の京都御所は、もと里内裏(内裏が火災で焼失した場合などに設けられた臨時の内裏)の一つであった土御門東洞院殿の地である。南北朝時代(14世紀半ば)から北朝側の内裏の所在地として定着し、明徳3年(1392年)の南北朝の合一以後、ここが正式の皇居となって明治2年(1869年)、明治天皇の東京行幸時まで存続した。明治以降は京都皇宮とも称される。土御門東洞院殿は、元弘元年(元徳3年・1331年)、後醍醐天皇が京都を脱出した後に鎌倉幕府が擁立した光厳天皇がこれを里内裏として以降、明治天皇の東京行幸に至るまで約550年間にわたって使用され続けた内裏である。当初は一町四方の敷地だったが、足利義満によって敷地が拡大され、その後織田信長や豊臣秀吉による整備を経て現在の様相がほぼ固まった。内裏は江戸時代だけでも慶長度(1613年)、寛永度(1642年)、承応度(1655年)、寛文度(1662年)、延宝度(1675年)、宝永度(1709年)、寛政度(1790年)、安政度(1855年)と8回も再建されており、このうち慶長度と寛永度は旧殿を取り壊しての建て替え、それ以外は火災焼失による再建となっている。特に寛政度の再建は、裏松光世による平安内裏の考証を多く取り入れた復古様式となった。現存の内裏は幕末の嘉永7年(1853年)に火災で焼失したのち、安政2年(1855年)に、寛政内裏の様式をほぼ踏襲して再建されたもので、安政内裏と呼ばれている。なお、南朝と呼ばれることになる大覚寺統の天皇の御所は二条富小路内裏であった。現代の京都御所は土御門東洞院内裏そのものではなく、土御門東洞院内裏を基に拡充され、幕末の慶應年間に今日の敷地面積が確定したものである。1877年(明治10年)、東京の皇居に移っていた明治天皇が京都を訪れた際、東幸後10年も経ずして施設及び周辺の環境の荒廃が進んでいた京都御所の様子を嘆き、『京都御所を保存し旧観を維持すべし』と宮内省(当時)に命じた。明治から大正にかけ、内侍所(賢所)や対屋(女官宿舎)などの建物が撤去されたが、1945年(昭和20年)には、総建築面積の半数近くが建物疎開(空襲による類焼防止)の名のもとに解体された。また、1954年(昭和29年)には、近隣で打ち上げられた花火が飛来して小御所が焼失している。その後1970年代前半にかけて、焼失した小御所や戦時中に解体された渡廊下などの一部が復元され、現在に至っている。 京都御所に隣接して京都大宮御所、仙洞御所がある。京都大宮御所は、後水尾天皇の中宮の東福門院のために造進されたのに始まり、現在の建物は英照皇太后(孝明天皇女御)のために造営され、慶応3年(1867年)に完成したものである。現在は天皇、皇后、皇太子及び皇太子妃の京都府への行幸啓(旅行)の際の宿泊や国賓の宿泊に使用されている。仙洞御所は後水尾上皇の退位後の住まいとして造られたものだが、現在は庭園と茶室を残すのみである。 現在は京都御所、京都大宮御所と仙洞御所は国有財産で、宮内庁が管轄する「皇室用財産」に分類されており、これらの周囲の国民公園である京都御苑を環境省が管理している。京都市民は京都御苑も含めて、単に「御所」と呼ぶ事が多い。京都御所に現存する主な建物としては、紫宸殿、清涼殿、小御所、御学問所、御常御殿、迎春、御涼所、皇后宮御常御殿、若宮・姫宮御殿、飛香舎などがある。

○現存施設
・概要
京都御苑の北西寄り、築地塀で囲まれた面積約11万平方メートルの区域が京都御所である。御所の敷地は東西約250メートル、南北約450メートルの南北に長い長方形で、そこにはかつての内裏に属していた多くの建物と庭園が残っている。御所の建物は近世を通じ、天正(1591年)、慶長(1613年)、寛永(1642年)、承応(1655年)、寛文(1662年)、延宝(1675年)、宝永(1709年)、寛政(1790年)、安政(1855年)の9度にわたり造営が行われている。うち、天正度、慶長度、寛永度の造営は焼失に伴うものではなく、時の為政者(豊臣秀吉および徳川家)の威勢を示す目的のものであったが、それ以降の6度の造営はすべて火災焼失に伴うものであり、現存する御所の建物は安政度造営のものである。建物群は大きく3つのブロックに分けられる。南寄りには内裏の正殿であった紫宸殿、天皇が政務を執った清涼殿をはじめ、儀式や政務のために用いられた表向きの建物が残る。その北側、敷地のほぼ中央のブロックは、天皇の日常生活や内向きの行事、対面などに使用された内向きの建物群で、小御所、御学問所、御常御殿などがここにある。御所敷地のもっとも北寄りのブロックはかつての後宮だった場所で、多くの建物が取り払われているが、皇后御常御殿、飛香舎(ひぎょうしゃ)をはじめ、皇后や皇子皇女などの住まいだった建物が残っている。建築様式は、表向きの建物である紫宸殿や清涼殿が平安時代の住宅建築様式である寝殿造を基調としているのに対し、これらの北にある内向きの建築群は書院造や数寄屋造の要素が強くなっている。ただし、表向きの建築物にしても外向きの建築物にしても寝殿造への復古は平面関係や障壁画や建具などについてであり、外観や立面関係、細部の建築方法は平安時代とは異なった江戸期の技術を用いたデザインとなっている。江戸期の庭園は、紫宸殿の南庭(「だんてい」と読み慣わしている)や清涼殿の東庭が一面に白砂を敷き詰めた儀式の場としての庭であるのに対し、小御所、御学問所、御常御殿などに接した庭は池と遣水(やりみず、流水の意)を中心にした日本式の庭である。各建物の内部は、それぞれの部屋の格や用途に応じた、さまざまの障壁画で飾られている。これらの障壁画には、狩野派、土佐派、円山四条派をはじめ、江戸時代末期の日本画壇の主要な絵師たちが絵筆を振るっている。京都御所は、平安時代の内裏とは位置が異なり、建物も江戸時代末期の再建であるが、建築、庭園、障壁画が一体となって日本の伝統文化の粋を今に伝えている。

○参観
2016年7月25日までは予約不要の春秋の特別公開と、事前の予約が必要な一般公開の2つの参観がおこなわれてきたが、参観希望者の利便性をより高めるため、2016年7月26日から予約不要の通年一般公開に再編された。なお、月曜日(祝日の場合は翌日)、年末年始(12月28日から1月4日)、行事等の実施のため支障のある日は休みとなる。公開時間は、4月から8月は9時から17時まで(入場は16時20分まで)・9月及び3月は9時から16時30分まで(入場は15時50分まで)・10から2月は9時から16時まで(入場は15時20分まで)となっている。入場門は清所門(せいしょもん)で反時計回りに京都御所を見学し、清所門から退出する。入場時に手荷物の内容検査が皇宮護衛官により行われる。なお、以前は春秋の特別公開の期間だけは紫宸殿のすぐ前まで行けたが、現在は紫宸殿南庭の南東隅に入って遠望する形に変更されている。

○交通アクセス
通年一般公開は清所門が出入口となる。 京都市営地下鉄烏丸線今出川駅下車。または、京都市営バス烏丸今出川バス停下車。南へ向かい、乾御門を通って清所門まで徒歩8分。京都市営バス烏丸一条バス停下車。少し南の中立売御門を通って清所門まで徒歩4分。ただし、烏丸一条バス停は1時間に1本しか運行されない51系統だけが停車する。

○所在地
京都府京都市上京区京都御苑内



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2018-11-24(Sat)

仙洞御所

仙洞御所は、譲位した天皇(上皇・法皇)の御所。仙洞とは本来仙人の住み処をいう。そこから転じて退位した天皇(上皇・法皇)の御所をいい、さらに転じて上皇・法皇の異称としても使われた。

○解説
仙人とは中国で古くから信じられた理想的な人間像で、俗世を離れて深山に隠遁することから、退位した天皇の住まいの美称として用いられるようになった。貴人の住まいを「御所」ということから「仙洞御所」と呼ばれた。上皇・法皇は退位後、内裏から退去して仙洞御所に移るのを常とし、里内裏が多くそれにあてられた。仙洞御所はまた「院」とも呼ばれ、これも上皇・法皇の別称として使われた。仙洞御所には家政機関としての院庁が置かれたほか、白河上皇の時には近衛として北面武士のちに西面武士が設置された。2019年5月に、今上天皇が皇太子殿下へ譲位することに伴い、従来の東宮御所を赤坂御所とし、その後、徳仁が御所に正式に移ってからの赤坂御所を改修の上で、仙洞御所として使用される予定。改修が完了するまでの間、高輪皇族邸を仙洞御所の御假寓として使用する方針。

○京都御苑の仙洞御所
現在、京都市にある京都御苑内には京都御所の南東に仙洞御所が位置している。これは1627年(寛永4年)に後水尾上皇のために造営されたもので、正式名称は桜町殿という。東部には広い池を中心に庭園が広がっている。初め小堀遠州によって築庭されたが、のちに後水尾上皇の意向により大きく改造されている。仙洞御所の建築群は1854年(嘉永7年/安政元年)の火災後再建されず、現在では庭園のみが残っており、1867年(慶応三年)以降には隣りの御常御殿が残る大宮御所に組みいれられ、皇室の京都における邸宅として整備された。庭園の周辺が空地であったため京都迎賓館建設の声が上がった際には、その候補地のひとつにも挙がったが、結局別の場所に建設された。なお、仙洞御所西北に隣接する京都大宮御所は後水尾天皇の中宮であった東福門院の女院御所として造営されたものが元となっている。前述のとおり京都大宮御所は御常御殿を改修を行いそれに伴い仙洞御所との塀を除きこれを組み入れた。大正時代には大宮御所の御常御殿が内装などが洋室に改装されるなど住居としての実用性が向上し、仙洞御所の庭園を合わせた邸宅としての装いが整った。現在では大宮御所と仙洞御所を合わせた邸宅を単に「大宮御所」と呼び天皇、皇后、皇太子及び皇太子妃の京都府への行幸啓(帰京)の際の滞在施設として使用されている。仙洞御所(大宮御所ふくむ)の地は、かつて聚楽第の後身として豊臣家の本邸「京都新城」のあった地であり、当時は太閤御所・太閤上京御屋敷などと呼ばれていた。豊臣秀吉が没した翌慶長4年9月に大坂から秀吉の正室・北政所(のちの高台院)が入り、居住した。彼女は寛永元年に没ししばらくは甥の木下利房が住したが、寛永4年に後水尾天皇が譲位の意向を示すと、幕府はこの地を仙洞御所と大宮御所の地として選び御所建設工事に着手した。このとき御所の規模構造について大坂城代から「皇居より大きくしないこと」などと細かな指示書が示されている。譲位の意向は徳川和子(のちの東福門院)の生んだ親王が夭折したためいったん撤回され、工事の進捗は緩慢になったと考えられるが、寛永6年11月天皇が突如譲位を決行すると、工事を再開、翌7年12月に上皇は新構の仙洞御所に移徙(わたまし)している。このとき多くの建物は二条城から寛永行幸の際に使用した建物を移築再利用している。阿古瀬淵は豊臣家邸宅庭園の遺構と伝える。

所在地:京都府京都市上京区京都御苑



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2018-11-24(Sat)

京都御苑

京都御苑は京都府京都市上京区にある国民公園。京都御所の周囲の地区を指す。

○概要
京都市の中心部に位置し、東西南北を寺町通・烏丸通・丸太町通・今出川通に区切られた区域。東西約700メートル・南北1300メートルの範囲で総面積は92ヘクタール。そのうち環境省が管理する国民公園である京都御苑は65ヘクタールにおよぶ。 現在は京都御所、仙洞御所、京都大宮御所の築地内は宮内庁が、2005年4月に開館した京都迎賓館は内閣府が、それ以外は環境省が管理している。多くの木々が生い茂る公園内には、京都御所、仙洞御所、京都大宮御所、宮内庁京都事務所、皇宮警察本部京都護衛署などの宮内庁・皇宮警察関連の施設をはじめ、公家屋敷の遺構、公園の管理を行う環境省京都御苑管理事務所のほか、グラウンドやテニスコートもあり、市民の憩いの場になっている。

○歴史
京都御苑の地には、江戸時代には200あまりの公家屋敷が立ち並んでいたところ(公家町)で、その歴史は豊臣秀吉が大規模な都市改造の一環として堂上公家をあまねく禁裏(御所)周辺に移住させた天正年間にさかのぼる。ただし、近年の研究では公家の集住政策は織田信長から引き継いだもので京都の改造とは直接的な関係はないこと、新家の設立による土地不足や経済的な問題によって全ての堂上公家がこの地域に住めた訳ではなかったことも指摘されている。 明治になると明治天皇に従って多くの公家が東京へ移り、華族制度の発足と共にすべての華族の東京移住が義務付けられたことで、公家屋敷はもぬけの殻となり御所周辺は急速に荒廃していった。この状況を憂慮した岩倉具視は、旧慣保存のためにもなることを理由に明治10年(1877年)御所の保存を建議した。これを受けて京都府は御所を囲む火除け地を確保することを目的に、軒を連ねる旧公家屋敷の空家の撤去と跡地の整備を開始した。これが京都御苑の始まりである。 当初は周囲の土塁と堀を整備するにとどまったが、その後も整備は徐々に進められ、明治16年(1883年)に御苑の管理が京都府から宮内省に移管され後も続けられた。大正天皇の大礼が京都御所で行われることになると整備は急進展を見せ、建礼門前大通に大規模な改修工事が施されてほぼ現在の姿になった。戦後宮内省が解体されると、昭和24年(1949年)には厚生省の管理運営のもと御苑は国民公園となった。昭和46年(1971年)に各省庁で環境や公害に関係する部署を統合して環境庁が創設されることになると、厚生省の大臣官房国立公園部も環境庁に移るとこになり、これに伴い御苑も同庁の所轄となった。これが環境省に引き継がれて今日に至っている。

○自然
京都御苑内には500種以上の植物がある。苑内には約5万本の樹木が生育しており、多くは明治以降に植栽されたものである。マツ、ケヤキ、シイ・カシ類、イチョウなどのほか、ウメ、モモ、サクラ、サルスベリなどの花の咲く木も多く、これら多彩な樹々が御苑の風格と四季の彩りをなしている。また、スミレ、タンポポどの草花やキノコ類も多く見られる。キノコ類は400種以上が確認されており、一年を通じて観察できる。苑内には生物も多く見られる。野鳥の観測地として知られ、100種以上の野鳥が確認され、そのうち約20種は苑内で繁殖されている。代表的な鳥としてはアオバト、ビンズイ、トラツグミ、ゴイサギなどがあげられる。昆虫類も多く見られ、チョウ類55種、トンボ類26種、セミ類8種などが確認できる。苑内には、自然に親しむ場所として「母と子の森」「トンボ池」「出水の小川」などが整備されているほか、「母と子の森」内の「森の文庫」では植物や生物など自然についての本が置かれたり、閑院宮邸跡の収納展示室で自然や歴史について解説とともに学ぶこともできる。こうした環境が京都市内の中心部にあることで、散策や花見のほか、バードウォッチングや自然観察会などに多くの人が訪れる場となっている。
○その他
京都の住民は、京都御苑の区域を指して「御所」と呼ぶことが多い。公園内ではのんびりと散歩を楽しむ人やバードウォッチングをする人もいる。御苑の北隣には同志社大学と同志社女子大学(両校とも今出川キャンパス)があるため、ベンチで寝転ぶ学生の姿をよく見かける。また、住民の通り抜けルートにもなっているが、通路部分は舗装されておらず、砂が敷き詰められているため自転車では走りづらい。しかし、自転車の走行跡が砂地にできて走りやすくなっている部分もある。この走行跡は御所の細道と呼ばれることがある。ただし、走行跡は自転車一台分の幅しかないため、対向車が来た場合は譲り合う光景が見られる。 公園内は京都府警や皇宮警察が常に見回りをしていて、京都御所や仙洞御所の塀に近づくとセンサーが反応し、すぐに注意される。公園内への放置自転車が、2010年代に入って目立つようになっている。主に、近隣の京都市営地下鉄丸太町駅の利用者が停めているものと見られている。地元住民からは、公園の美観を損なうなどとして撤去を求める声が強いが、公園内は京都市の撤去条例の対象外となっており、公園管理者である環境省などは対応に苦慮している。

○アクセス
京都市営バス
京都市営地下鉄烏丸線 : 丸太町駅、今出川駅
京阪鴨東線 : 出町柳駅、神宮丸太町駅

○所在地
京都市上京区京都御苑3



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2018-11-24(Sat)

聖アグネス教会

聖アグネス教会は、日本の京都府京都市上京区にある、日本聖公会の教会。平安女学院京都キャンパスの敷地内に所在する聖堂は、日本聖公会京都教区の中心となる主教座聖堂(大聖堂、カテドラル)であるとともに、地域の教会(パリッシュ・チャーチ)、平安女学院の礼拝堂(チャペル)という3つの役割を兼ね備える。 名称は平安女学院(英語名称:St. Agnes' School)の守護聖人で、ローマ皇帝ディオクレティアヌス統治の時代にローマで殉教した聖アグネスにちなむ。1898年(明治31年)に竣工したレンガ造り・ゴシック様式の建物は、ジェームズ・ガーディナーによる設計で、京都市指定有形文化財。

○歴史
京都地域では、1889年以来米国聖公会出身の宣教師(ジョン・マキムら)により聖公会(日本聖公会)の積極的な布教活動が行われた。1895年には、大阪市川口居留地にあったSt. Agnes' School (照暗女学校)が京都に移転し、「平安女学院」として開校した。1898年、日本聖公会京都地方部(現在の京都教区)の大聖堂としてこの聖堂は竣工した。献堂時に名付けられた名称は「聖三一大聖堂」であった。京都聖三一教会に属する聖堂であり、また平安女学院の礼拝堂として使用された。 なお竣工直後の平安女学院の学院日誌には、「塔の紋が菊と紛らわしいので取り替えるよう警察から指示をうけた」という内容の記述が残っている。1923年に平安女学院生徒・教職員による教会組織として「聖アグネス教会」が組織された。その後しばらく、京都聖三一教会の会衆と聖アグネス教会の会衆がこの聖堂をともに用いることとなった。1930年、京都聖三一教会が中京区聚楽廻中町に新たに聖堂を建設して移転したことにより、この聖堂は聖アグネス教会が受け継いだ[1](これにより、この聖堂は「聖アグネス教会聖堂」の名で呼ばれている)。 第二次世界大戦中には軍需資材の置場として使用されたこともあるが、礼拝は続けられた。

○年表
1886年10月、ジョン・マキム主教によって定礎式が行われる。
1898年5月、聖三一大聖堂として完成
1923年、聖アグネス教会が組織される
1931年、烏丸通に面して設置されていた路傍説教壇と塔のふちの凹凸部を撤去、また祭壇中央のステンドグラスを南側へ移動。
1985年6月1日、京都市指定有形文化財に指定される。

○建築
聖堂は、東を烏丸通に、北を下立売通に面した、ゴシック様式・レンガ造りの聖堂である。設計にあたったのは、建築家ジェームズ・ガーディナー(立教学校の初代校長を務めた)である。東西に長い敷地に建つ聖堂は左右非対称で、袖廊は小さい。出入口は北西角(下立売通側)にある。全体にずんぐりした形であるが、これは地震に配慮したものという。北東角(烏丸下立売角)にある三層の鐘楼が特徴的な外観で、最下層に縦長窓、中層にバラ窓、最上層にトレサリー窓(英語版)を配し分け、単調さを避けている。内部は三廊式バシリカ様式で、一般的な大聖堂と同様、東端(烏丸通側)に祭壇を設けている。南東角には礼拝準備室(ベストリー)、南西角には八角形に張り出した洗礼室(バプティストリー)がある。内部は小屋組のハンマービーム(英語版)(壁面上端から跳ね出された梁の上にアーチを架ける構造)など材木を見せるデザインであり、明治期の教会建築の特徴を備えている。西バラ窓をはじめ30点以上のステンドグラス(ジェームズ・ガーディナーがデザインし、日本人によって製作されたもの)があり、その大部分は竣工当時のものが残っている。

○所在地
京都市上京区烏丸通下立売角堀松町
平安女学院京都キャンパス(平安女学院大学、平安女学院中学校・高等学校が所在)敷地内に位置する。平安女学院京都キャンパスは足利義昭の旧二条城の跡地であり、敷地の片隅に「旧二條城跡」と彫られた石碑が立っている。



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2018-11-24(Sat)

志紀長吉神社初詣2019

新年を迎えた志紀長吉神社へは、必勝と勝運祈願に大勢の参拝客が訪れます。正月2日と3日の午前10時から午後4時まで、社宝の「六文銭軍旗」が一般公開されます。「六文銭軍旗」は戦国武将の真田信繁(真田幸村)が奉納したもので、毎年、正月2日、3日と、5月4日にだけ見ることができます。
所在地:〒547-0016大阪府大阪市平野区長吉長原2-8-23
開催期間:2019年1月1日~3日
交通アクセス:地下鉄谷町線「長原駅」から北西へ徒歩5分
主催:志紀長吉神社
料金:軍旗拝観料が必要
問合せ先:志紀長吉神社06-6709-1757

2018-11-23(Fri)

箕面山の紅葉を見に行ってきました。

箕面山の紅葉を見に行ってきました。

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2018-11-18(Sun)

新島旧邸

新島旧邸は、京都市上京区にある、同志社創立者 新島襄の旧邸。外観に洋風を取り入れた和洋折衷の住宅で、1878年に竣工した。学校法人同志社が所有・管理している。京都市指定有形文化財。京都御苑の東南、寺町通丸太町に位置するこの邸宅の敷地は、1875年に同志社英学校が開校した土地であり、「同志社発祥の地」とされている。

○歴史
敷地は、1875年11月29日に同志社英学校が開校した際に仮校舎として借り受けた、高松保実の邸宅跡である。同志社英学校は翌1876年に、山本覚馬が所有していた旧薩摩藩邸跡地(現在の同志社大学今出川キャンパス)に移転。この間の1876年1月3日に新島襄は八重夫人(山本覚馬の妹)と結婚している。この時期、新島は借家住まいをしていたが、友人J.M.シアーズから礼拝堂と自宅建設のための寄付を受けた。新島は英学校を置いた土地を高松から買い取って自宅を建設し、1878年9月7日に竣工した。この家屋は、新島夫妻の私邸であるとともに、応接室が教室や礼拝堂として使われたり、書斎を同志社の学生に開放し書籍を貸し出したりと、さまざまに使われた。1890年に新島襄が死去したのち、八重夫人は1907年に同志社に寄付。この家で1932年に没するまで生活した。1985年、調度・家具類を含め、京都市指定有形文化財に指定。1990年に全面解体修理が行われた。

○建築
和洋折衷式の母屋と、付属屋からなる。現在は新島会館(同志社校友会の会館)が建つ隣接地は、もともと新島邸の庭で、家庭菜園などが設けてあった。

○母屋
設計者・施工者ともに不明であるが、同志社の教員で医師・宣教師でもあったW. テイラーの助言を得ながら、新島襄自身が設計したとも伝えられている。洋風住宅としては京都に現存する木造最古のものである。 建物は木造2階建て。外観にはコロニアルスタイルを取り入れており、三方にべランダをめぐらせ、窓には鎧戸をつけている。一方で造りの基本は和風寄棟住宅であり、壁は柱を露出される真壁造り、間取りは田の字型という、日本的な構造を採用している。欄間や箱階段が作られているなど、日本的要素も取り入れられている。 冬に備えて暖炉をしつらえ、当時としては画期的なセントラルヒーティングを取り入れたほか、夏を快適に過ごすために床を高くして風通しを良くする工夫をし、また庇を深くしている。建築当初は、全室が板張り(フローリング)で作られた。大正期はじめ、八重は1階の洋間を和室(茶室「寂中庵」)に改修している。 木製の腰掛式トイレを設けており、日本における初期の洋式トイレである。

○付属屋
付属屋は、新島襄が両親(新島民治・とみ)の隠居所として建てた、平屋の日本建築である。安中藩江戸屋敷にあった住居にならって建てたものと伝えられる。

○交通アクセス
交通手段としては以下の通り。
京阪電気鉄道鴨東線 神宮丸太町駅下車 徒歩約10分 
京都市営地下鉄烏丸線 丸太町駅下車 徒歩約15分
京都市営バス 「河原町丸太町」下車 徒歩約5分

○見学
通常公開時には、旧邸周囲から外観のみの見学が可能である。同志社の行事(卒業式、オープンキャンバス、ホームカミングデー等)や京都御所の一般公開に合わせて特別公開(母屋1階と附属屋への入場が可能)も行われる。団体(10名以上)の見学には事前申し込みが必要。

○備考
群馬県安中市にも新島襄旧宅(新島旧邸)と呼ばれる建物がある。廃藩置県により江戸屋敷から安中に引き揚げた新島の父母の住居で、1874年に米国留学から帰国した新島が滞在した。1963年に安中市が現在地(安中市安中一丁目)に移築し、1964年より資料館として公開している。

○所在地
京都府京都市上京区寺町通丸太町上ル松陰町18



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2018-11-18(Sun)

カトリック西陣聖ヨゼフ教会

カトリック西陣聖ヨゼフ教会は、京都市上京区にあるカトリックの教会。

○沿革
1890年パリ外国宣教会によって河原町聖フランシスコ・ザビエル教会が建てられる。
1907年頃二条新町に西陣教会創立。京都で第2番目のカトリック聖堂だった。   
1909年黒門中立売へ移転する。
1917年教会一時閉鎖。(~1930年頃)
1930年新町一条上るへ移転、その後大宮笹屋町に移転する。
1935年大宮中立売へ移転。
1937年京都知牧区、大阪教区より分離。 メリノール会宣教師が着任。
1939年現在地(新町一条上る)へ移転。
1941年戦争のため、教会閉鎖。(~1946年)
1946年衣笠教会、小山教会が西陣教会より独立。
1949年現在の聖堂が建つ。聖堂献堂式(8月15日)。
1951年京都知牧区、京都司教区となる。初代京都司教、古屋司教。

○所在地
〒602-0934京都市上京区新町通一条上ル一条殿町502-1
地下鉄烏丸線今出川駅徒歩10分
市バス「上京区総合庁舎」(51・59・201・203系統下車、南へ徒歩5分)、「一条戻橋・晴明神社前」(9・12・67系統下車、東へ徒歩5分)



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2018-11-18(Sun)

木津卸売市場

大阪木津卸売市場は、大阪市浪速区にある民営の卸売市場。通称木津市場。木津卸売市場、大阪木津市場、大阪木津地方卸売市場とも表記される。グルメ杵屋の100%子会社である「大阪木津市場」が運営している。

○概要
民営の卸売市場としては、全国有数の取り扱い実績を誇る。1万7500平方メートル(延べ床面積2万4800平方メートル)の敷地内に青果や水産物のセリ場を設け、171の卸売業者が入居。飲食店や食材センター、スーパー銭湯も併設している。 2010年11月から、毎月第2・最終土曜日に「木津の朝市」を開催している。当日は魚介類や精肉などが安値で購入できるほか、各店で行われるセリに初心者も参加でき、市場体験ができる。マグロの解体ショーなどイベントも行われる。

○沿革
1809年 難波一帯の市立ちが許可される。
1923年(大正12年)中央卸売市場法が施行され、閉鎖が命じられる。
1931年(昭和6年) 大阪中央市場配給所木津難波市場として自主運営が認められる。
1945年(昭和20年)空襲をうけ、廃墟となる。
1950年(昭和25年)大阪木津市場株式会社が設立され、市場再開。
1953年(昭和28年)木津信用組合の前身となる扶助組織を設立。
1973年(昭和48年)大阪木津地方卸売市場と改称。
1995年(平成7年) 木津信用組合が経営破綻。
1998年(平成10年)機動的な経営を行うため、開設者業務を大阪木津市場株式会社、デベロッパー業務を大阪食スタジアム株式会社に分離分割。
2003年(平成15年分割した2社を再統合し、大阪木津市場に商号を変更。グルメ杵屋の子会社になる。
2007年(平成19年) 40億円をかけて市場全体のリニューアル工事開始。
2010年(昭和22年)食材センターやスーパー銭湯などを新たに併設し、グランドオープン。一般客も受け入れる施設に変貌を遂げた。

○アクセス
Osaka Metro御堂筋線・四つ橋線大国町駅徒歩3分
南海高野線今宮戎駅徒歩4分
Osaka Metro堺筋線恵美須町駅徒歩8分

○所在地
〒556-0012大阪市浪速区敷津東2丁目2-8



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2018-11-18(Sun)

日本工芸館

日本工芸館は、大阪市浪速区にある伝統的民芸品の保存育成と普及を目的とする博物館。日本民藝協会大阪支部の活動拠点として、1950年に三宅忠一が設立した。 1959年に三宅は柳宗悦と袂を分かち、民藝協会を脱退して日本民芸協団を設立した。その経緯から日本民藝館とは別組織となっている。運営は一般財団法人日本工芸館。

○概要
今や世界的に高く評価されている日本の国土が生み出した伝統的民芸品を展示している。現存民芸の技術保存と普及育成に努め、日常生活の美化運動にも寄与するため民芸運動を進めている。日本の歴史的工芸文化の一端として民芸の『用と美』を観賞できる。

○歴史
1950年(昭和25年)、大阪市北区堂島で江戸時代の米蔵を改造し開館。
1960年(昭和35年)、開館10周年を記念して現在地に新築移転。
2018年(平成30年)5月31日、老朽化のため展示館全館建て替えのため展示館は休館。2020年リニューアルオープン予定。同館の民芸普及部による販売活動は引き続き営業中である。


○所在地
〒556-0011大阪府大阪市浪速区難波中3-7-6



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2018-11-18(Sun)

島谷家住宅

本田4丁目には戦災を逃れた長屋の街並みが残っている。その一角にある長屋住宅では、1階に格子の玄関や出格子の窓が見られ、1階屋根と2階屋根の間にうだつが上がっている。
※うだつ…日本家屋の屋根に取り付けられる防火壁、装飾。


所在地:大阪府大阪市西区本田4丁目9番3号



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2018-11-18(Sun)

田中金峰墓所

18歳の若さで世を去った天才漢詩人。弘化元年(一八四四)に生まれ、文久2年(一八六二)に18歳の若さで夭逝した学者・詩人の田中金峰の墓所。代表作の『大坂繁昌詩』では当時の大坂の名所の様子がうかがえる。15歳で医学寮を開き、施薬院で貧しい人に無料で治療を施した。

○所在地
大阪市中央区中寺1-1 妙寿寺内

○交通機関
地下鉄谷町線・長堀鶴見緑地線「谷町六丁目駅」谷町線・千日前線「谷町九丁目駅」
近鉄線「上本町駅」



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