2015-03-30(Mon)

関西の桜の花見スポット2015

○大阪府
・造幣局 桜の通り抜け
1871年(明治4)、貨幣鋳造所として日本初の近代設備を整え開設された造幣局の構内に咲く「通り抜けの桜」。大川沿い南門から北門にかけて、約560mにも及ぶ見事な桜並木だ。4月中旬頃の1週間を桜の通り抜け期間とし、一般の人々に桜を公開している(一方通行)。この一般公開は、1883年(明治16)以来続いている。品種は色が鮮やかで花びらが大きいサトザクラの八重咲きが多く、開花の期間が長い。
本数:約350本
主な種類:カンザン、ショウゲツ、オオテマリなど
夜桜観賞
期間:4月中旬頃~1週間(桜の通り抜け期間中実施)
時間:日没~21時
桜の通り抜け
期間:4月中旬頃~1週間
時間:10~21時(平日)、9~21時(土・日曜) ※予定

・市道才ヶ原線(通称桜通り)
約100本ものソメイヨシノが、市道の両側から空を覆うように咲き誇ります。見ごろは例年3月下旬~4月上旬。
場所:箕面市箕面4丁目~5丁目

・服部緑地
円形花壇北側付近など、園内には約1700本のソメイヨシノ、約80本のヤマザクラが咲き誇ります。年緑化植物園内のシダレザクラも見事です。見ごろは例年3月下旬~4月上旬。

・天竺川の堤防(豊中市)
天竺川沿いに桜並木が続きます。又、服部緑地のウォーターランド西側から西願寺橋にかけては対岸のユキヤナギが、桜と同時に見ごろを迎え、白とピンクの花びらで川が覆われます。見ごろは例年4月上旬。

・さくら広場(豊中市)
2009年に開園した公園。1万㎡の広場を囲むようにして、130本のソメイヨシノが植えられています。園内には芝生広場も。見ごろは例年3月下旬~4月上旬。
場所:豊中市稲津町1丁目(阪急庄内駅徒歩5分)

・呉羽の里
約300本のソメイヨシノが織り成す桜のトンネルが出来ます。見ごろは例年4月上旬。
場所:池田市旭丘2丁目

・大阪城公園
1583年(天正11)、豊臣秀吉の築城した大阪城を取り囲む約105.6万平方mの史跡公園で、数々の重要文化財が残る。園内には約4300本の桜があり、なかでも西の丸庭園にはソメイヨシノを中心におよそ600本が植栽されており、例年、「観桜ナイター」として夜間照明がつけられ、天守閣を背景に美しい夜桜を愛でられる。※火気の使用(バーベキューなど)は禁止。
4月上旬が見ごろ
本数:約4300本、西の丸庭園約600本
主な種類: ソメイヨシノ、ヤマザクラ、オオヤマザクラ、サトザクラほか
夜桜観賞
期間:上旬(予定)
時間:未定

・毛馬桜之宮公園
大川の毛馬洗い堰から下流の天満橋まで、全長4.2kmの河川敷を利用した公園。春にはソメイヨシノやヤマザクラ約4800本の桜並木が美しく咲き誇り、多くの花見客で賑わいをみせる。右岸沿いには桜の名所としても有名な造幣局など、明治初期を代表する建物などがある。桜の見頃の時期の約1週間は、露店が出る予定。
3月下旬~4月上旬
本数:約4800本
主な種類:ソメイヨシノ、ヤマザクラ
夜桜観賞
期間:未定(4月上旬より10日間)
時間:日没~22時
問い合わせ先:06-6312-8121 北部方面公園事務所
入場料:無料
最寄駅:JR桜ノ宮駅西口すぐ、またはJR大阪城北詰駅3号出入口すぐ

・万博記念公園
1970年(昭和45年)に開催された日本万博博覧会会場跡地を文化公園として整備された公園。9種約5500本の桜の名所となっている。約2400本のソメイヨシノが中心。毎年3月下旬~4月上旬に桜まつりを開催(開花状況による)。
3月下旬~4月上旬
本数:約5500本
主な種類:ソメイヨシノ
夜桜観賞
期間:3月下旬~4月上旬
時間:日没~21時
万博公園桜まつり
期間:3月下旬~4月上旬
時間:9時30分~21時(入園は20時30分まで)

・摂津峡公園
キャンプや渓流釣りも楽しめる公園。桜の名所でもあり、満開時には約3000本の桜が咲き誇る。見頃時期には桜まつりが催される。
3月下旬~4月上旬
本数:3000本
主な種類:ソメイヨシノ
夜桜観賞
期間:未定
時間:未定

・勝尾寺
大阪市内から車で約30分。春、満開ともなれば幹すら見えないほどに、薄紅色の花にびっしりとおおわれる山門横のシダレザクラは必見。また、ヤマザクラやカンヒザクラなど約3000本もの桜が、8万坪の広大な敷地を美しい薄紅色に染め抜く。
4月上旬~下旬
本数:約3000本
主な種類: ギョイコウザクラ、シダレザクラ、ソメイヨシノ、ヒカンザクラ、ベニタマエ、ヒガンザクラ、ヨウコウ、ベニヤマザクラ
夜桜観賞
桜まつり
期間:3月下旬~4月中旬
時間:8~17時(平日)、土曜~17時30分、日曜~18時

・五月山公園
公園入り口から日の丸展望台まで約3万5千本のソメイヨシノや山桜が咲き誇り、眼下には稲川を望む眺望ともマッチ。3月中旬から4月上旬にかけてライトアップも行われる。
本数:約3万5千本
主な種類: ソメイヨシノや山桜
夜桜観賞:日没~23:00

・柴島浄水場
この浄水場は桜の季節にはきれいな事で有名です。
電話06・6614・8866(桜専用テープ応答電話)
※阪急崇禅寺駅下車すぐ、
または阪急柴島駅下車 
北へ400m
◆「柴島浄水場 桜並木通
り抜け(ライトアップ)」
4月1~15日9:00~21:30
※火気・喫煙禁止。


○京都府
・平安神宮
朱と緑のコントラストが鮮やかな社殿を中心に約3万平方メートルの広大な回遊式庭園があり約150本の紅枝垂桜ほか全体で300本の桜が見られる。ピンクの紙で作られた桜御籤も名物で、みんなが結び気に結ぶと桜が咲いたように見える趣向だ。
本数:約300本
8:30~17:30

・宇治川ライン
京都の宇治橋上流から滋賀県大津市へいたるドライブルートで、途中美しく色づいた約2000本の桜が観光客の目を楽しませてくれる。府立宇治公園中の島でさくらまつりも予定。
本数:約2000本
主な種類:18:30~22:30

・淀川河川公演背割堤地区
木津川と宇治川を分ける背割堤は1.4kmにわたり約250本のソメイヨシノが植えられ、春には見事な桜のトンネルが出来る芝生広場や展望所もあり1日遊んでも飽きる事がない。
本数:約250本
主な種類:ソメイヨシノ

・嵐山
後嵯峨上皇が奈良県吉野から移植したとされる嵐山の桜。4月上旬から下旬にかけて広沢池のヤマザクラ、大沢池のゴミズノウザクラ、二尊院のフゲンゾウザクラな土順番に見ごろを迎える。中ノ島公園から見る桜が評判で天竜寺のシダレザクラも見事。
本数:約1500本


・平安神宮
池の水面に桜が映り、ひときわ華やかになる春の南神苑。桜に囲まれての茶会やコンサートにも参加して、春の1日を満喫しよう。
神苑拝観料:一般600円、中学生以下300円/6:00~18:00、
神苑8:30~18:00
?075・761・0221
※阪急河原町駅から市バスのりかえ京都会館美術館前停下車すぐ

・円山公園
入園自由
電話075・561・1350(京都市都市緑化協会/
8:30~17:00、日曜休)
※阪急河原町駅下車 東
へ800m



○兵庫県
・姫路城
国宝姫路城の城内にはソメイヨシノ、ヤマザクラ、シダレザクラなど約1000本の桜があり、見所は三の丸広場の桜、西の丸庭園の桜林、姫山公園のお堀沿い桜などがあげられる。見ごろを迎えると三の丸広場では夜間ぼんぼりの点灯も実施。
本数:約1000本
営業時間は9:00~16:00

・夙川公園
河川敷全体が公園として整備された、阪神間では類を見ない都市公園で、川の両岸に沿って2.8kmの桜並木が続く。例年3月下旬~4月上旬にかけて、ソ、英吉野を中心に約1660本の桜がいっせいに開花。4月第1日曜日に「西宮さくら祭り」が開催され、大勢の花見客が県の内外からやってくるそうです。1990年には「さくら名所100選」にも選出された。

・日岡山公園(加古川市)
ソメイヨシノ、ヒガンザクラ、オオシマザクラなど約1550本の桜が鮮やかに咲き競う。3月下旬~5月上旬にかけては約300本のぼんぼりが点灯され、幻想的な夜桜を演出する。

・須磨浦公園
かつての源平一の谷の合戦場。1935年の開園当時より、ソメイヨシノとクロマツの植栽を行い、現在では瀬戸内海を望む園内を約3200本の桜が鮮やかに彩っている。




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2015-03-28(Sat)

関目神社

大阪市城東区にある神社である。創建年代は不明であるが、豊臣秀吉が大坂城築城のときに、鬼門除けとして小さな社を建てたのが始まりともいう。関目神社内には、関目発祥の地の石碑がある。関目という地名は、平安時代後期の榎並庄の時代からあったもので、この地に見張り所(目で見る関所)があったことからおこったといわれる。

所在地:大阪府大阪市城東区成育5-15-20

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2015-03-28(Sat)

榎並猿楽発祥の地

猿楽は能楽の母体となった中世芸能で、社寺の祭事に奉仕をしているが、京都法勝寺に参加する猿楽には3座あり、そのうち丹波矢田郷(亀岡市内)を本座、榎並を新座と称した。榎並猿楽はこの付近に座を構え、住吉神社の御田植神事に奉仕をし特権を得ていた。その後、室町時代に有名であった山と猿楽に移り衰退していった。

○所在地
〒536-0006大阪市城東区野江4丁目1番28号

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2015-03-28(Sat)

榎並城

榎並城は、大阪市城東区にあった日本の城。ここの東側に存在した室町幕府料所河内十七箇所に因み、別名を十七箇所城とも言った。
○概要
榎並城は江口の戦いで8ヵ月間籠城した堅城であるのにもかかわらず、城郭については不明な点が多い。この地は古来「榎並荘」と言われる旧大和川右岸と淀川の合流地点で、低地にあり淀川が氾濫すると被害を受け野江水神社一帯だけがわずかに高台になっていた場所に築いたのではないかと思われる。しかしその城跡も元禄17年(1704年)年2月27日から始まった大和川の付け替え工事に伴って、現在と大きく地形が変化し場所の特定など困難になってしまっている。
『万松院殿穴太記』によると、


此城は元来も宗三が館なれば、究竟(きゅうきょう)の要害を拵(こさ)へ、日来は子息衛門大夫政勝を籠置たり

?万松院殿穴太記
との記載が見受けられる。宗三は三好政長の事で衛門大夫政勝は政長の息子三好政勝の事を指し、かなり強固な城郭を築いたのではないかと推察されている。

○沿革
城史については大きく3つに分けられる。
・楠木時代
榎並の地の初見は南北朝の争乱の時で、『花宮三代記』によると楠木正儀が応安2年(1369年)3月、天王寺から榎並に退いて陣をしいたという記録がある。この時の陣所はどこか定かではないが、『日本城郭大系』によると、地勢からいって野江水神社周辺であったと解説している。ただ、この時の陣所が後の強固な城郭に繋がっていたのかは定かではない。
・三好時代
城として明確に記述されているのが『細川両家記』で、天文17年(1548年)10月28日、この時三好長慶方が榎並城を攻め、後に摂津各地で放火されるが、この時が城としての文献上の初見である。江口の戦いの先端がひらかれたのが、この10月28日の記述ではないかと思われている。その後三好政長は江口城で討死、三好政勝も父の死をきっかけに瓦林城に逃げ去って行った。廃城については記録がないので解らないが、その後文献から姿を消したことから、この時に廃城になったと思われる。
・石山本願寺時代
榎並城が廃城になった後、この城跡を石山本願寺が再利用したと推定されている。石山合戦の時に51の支城が作られたが、『陰徳太平記』によるとその51の支城の中に「野江」という名前が見受けられる。これにより『日本城郭大系』では、「野江城、野江砦は榎並城跡を再利用し、その位置は野江水神社付近が最も有力である」と解説されている。

○城跡へのアクセス
電車でのアクセス 大阪市営地下鉄谷町線野江内代駅徒歩約5分
車でのアクセス 阪神高速道路守口線森小路出入口→国道163号近隣に駐車場無し(野江水神社に参拝者用の駐車場が1,2台あり)

○所在地
〒536-0006大阪市城東区野江4丁目1番28号

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2015-03-28(Sat)

野江水神社

大阪市城東区にある神社である。1533(天文2)年、三好政長が榎並城の守護神として、水火徐難の神をまつったのが始まりといわれ、水波女大神を祀る。

所在地:大阪府大阪市城東区野江4-1-39

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2015-03-28(Sat)

天五に平五・十兵衛横丁

大阪の両替商は天王寺屋五兵衛が寛永5年(1628)にはじめたのが最初といわれている。江戸時代の通貨の流通の複雑さ(金相場会所跡)と経済制度発展に伴い、今日の銀行的業務が必要となってきた。手形の振り出しの法を初めて行ったのも天王寺屋五兵衛といわれている。その後寛文10年(1670)には幕府により十人両替が行えるなど増加してきた。ここはこの中でも最大手の天王寺屋五兵衛と平野屋五兵衛の2軒がが道を挟んで店を構えたところで、このようにいわれた。

所在地:大阪府大阪市中央区今橋1丁目5開平小学校前

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2015-03-28(Sat)

大阪府庁跡

明治維新後、町奉行所の廃止に伴い、その跡へ大阪府庁が置かれた。府庁は奉行所のままを使い、明治7年になって大阪市西区江之子島に移り、府庁の跡地には明治8年に大阪博物館が設けられた。博物館には、動物園・美術館・図書館などの設備があって賑わった。最近、跡地の1部が発掘され、奉行所が置かれる以前の状態からの複合した様子が判明してきた。

所在地:大阪府大阪市中央区本町橋2(マイドーム大阪前)

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2015-03-28(Sat)

大阪俵物会所跡

俵物とは、長崎輸出品として干なまこ・干あわび・乾燥ふかひれなどの水産物を俵詰めにしたものである。江戸時代、海外貿易の決済に、金・銀・銅があてられていた。しかしその流出が激しいので一部がこの俵物に置き換えられた。延享元年(1744)これらを集荷するため請負商人が生まれ、大坂と長崎に会所を設けた。会所の場所は移転を重ねたが、この場所に設置されたのは安永6年(1777)のことである。しかし会所での買上価格が安かったので、集荷はおもわしくなかった。そこで天命4年(1784)幕府により機能は停止され、幕府の独占集荷体制をとったが、会所そのものは明治維新まであった。

所在地:大阪府大阪市中央区北浜2-2-15

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2015-03-28(Sat)

大阪銀座跡

銀座の期限は、慶長3年(1598)徳川家康が伏見に銀貨鋳造所を設けたことに始まり、銀の品位を決め通貨を製造したが、同13年には京都に移された。時を同じくして大阪に銀座が置かれたが、通貨の製造は行わなかった。主に生野・石見銀山の産銀や、粗銅から抽出した銀を京都に回送する役割をになったようである。ちなみに江戸の銀座は、慶長17年(1612)駿府から移された物である。

所在地:大阪府大阪市中央区東高麗橋2(三精ビル前)


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2015-03-28(Sat)

大阪金相場会所跡

江戸時代の貨幣制度では、金・銀・銭の3種類の貨幣が流通していたが、大別すると係数制と秤量制であった。金は両(両目・品位に関わらず枚数で数える)、銭は貫、銀は秤ではかる匁など複雑な面があった。その上、関西は銀、関東は金と流通範囲が自然に分かれていた。そして相互の交換は法定されてはいたもののあまり信用されず、実際には両替商立会いの下に相場が立てられ、それが標準になったため金相場の会所は存在価値が高かった。会所は最初高麗橋付近にあったが寛保3年(1743)この地に移り、維新後、銀目取引廃止に伴い閉鎖した。

所在地:大阪府大阪市中央区北浜1丁目8-16(証券取引所ビル入り口壁面)

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2015-03-28(Sat)

大阪会議所開催の地

明治維新間もない頃、新政府の方針をめぐり政局は混迷を極めた。体制を固めようとする大久保利通は当時反対を唱え下野していた木戸孝允や板垣退助を引き入れるため、伊藤博文・井上馨らとともに明治8年大阪で会合した。紆余曲折を経た会議は1ヶ月にもおよび、国会開設の準備、司法権の独立、地方官会議の開催、内閣と各章の分離などが話し合われた。そして2月11日木戸孝允の常宿、花外楼(加賀伊を木戸孝允が改称させた)で妥協した。これを称して大阪会議という。ここでの話し合い花が続きせず、6ヵ月後には再び混迷度を増したが、この会議は立憲政体を宣言した意義あるものであった。

所在地:大阪府大阪市中央区北浜1丁目1(花外楼前)

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2015-03-28(Sat)

石山本願寺推定地

「大坂」という地名が歴史上初めて姿を現すのは、明応7(1498)年に本願寺第8世蓮如が書いた「御文」の中だ。その蓮如が明応5(1496)年、摂津国に築いたのが大坂御坊であり、天文元(1532)年に京都の山科本願寺が炎上した際に本山の機能を大坂御坊に移転し、「石山本願寺」と呼ばれるようになった。第11世顕如のときは元亀元(1570)年から11年、織田信長との熾烈な石山合戦を経験。最終的には講和が成り、顕如が石山本願寺を退去することで決着を見た。その後、石山本願寺は消失している。消失後にその立地条件のよさに目をつけた豊臣秀吉が大坂城を築き、そして現在に至るまでの大阪の繁栄へち続いていくのである。「推定値」とされているのは、秀吉による大坂城建設、さらに大坂夏の陣ののち徳川大坂城建設による大規模な工事により、石山本願寺の正確な場所が不明だからである。

所在地:大阪府大阪市中央区大阪城2
最寄駅:地下鉄谷町線・中央線谷町4丁目駅

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顕孝庵

もともと玉泉寺と呼ばれ、寛文元(1661)年、鴻池家が一族の墓の菩提寺として顕孝庵と改めて復興した。境内のほとんどが一族の墓で占められ、五輪等は70数基もある鴻池家始祖の山中幸元は清酒の製法を偶然に発見し、また清酒の江戸送りに成功し、海運業にも乗り出し、鴻池家の基盤を築いた。3代目山中宗利のときに今の東大阪市鴻池新田の開発に1万両を当時、経営に着手。飛躍を遂げる。この頃より酒造・海運業などから大名貸しを中心とする両替商を専業とするようになり、大坂随一の豪商となった。

所在地:大阪府大阪市中央区中寺2-4-6
最寄駅:地下鉄谷町線・千日前線谷町9丁目/近鉄線上本町駅

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教育塔

1934(昭和9)年の室戸台風のとき、校舎の倒壊などによって、大阪府下で教職員18人、生徒児童676人の犠牲者が出た。その慰霊のために、全国の教職員や生徒児童の醵金によって、1936年に建てられたものである。その維持と祭祀は、帝国教育会、日本教育会、日本教職員組合へと受け継がれ、毎年10月30日に教育祭を行っている。

所在地:大阪府大阪市中央区大阪城公園内
最寄駅:地下鉄谷町線・中央線谷町4丁目駅

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旧陸軍第4師団(もと大阪市立博物館)

建設されたのは昭和6(1931)年。昭和35(1960)年に博物館として開館する以前は、旧陸軍第4師団司令部、旧大阪市警視庁本部として使用されていた。旧陸軍第4師団は昭和6(1931)年から終戦まで使用。又、大阪市警視庁は後に大阪府警察本部へとつながり、現在は大手前3丁目に移転している。博物館として利用されたのは平成13(2001)年まで。大阪市の歴史に関する史料や資料を多数扱う本格的な博物館だった。同年に大手前4丁目に開館した大阪歴史博物館へ、業務や展示を引き継ぐ形で閉館した。現在は施設として使用されておらず、戦争遺跡として大阪城公園内、天守閣前に残されている。重厚なロマネスク様式が特徴である。

所在地:大阪府大阪市中央区大阪城公園内
最寄駅:地下鉄谷町線・中央線谷町4丁目駅

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淀川神社

かつて、毛馬村は八幡大神宮(現在毛馬4丁目善福寺北東側)を、友渕村では十五神社(現在地)をそれぞれ鎮守の社として祀っていましたが、明治40年、政府の命により八幡神社は櫻宮へ、十五神社は旭区の大宮神社へ合祀されました。両地域の人々の間では神社復興の声が高く、昭和28(1953)年、当時の毛馬町・友渕町・大東町など付近の住民の熱心な請願により、旧十五神社の社殿と境内地をそのまま利用し、同地域の鎮守として淀川神社が創建されました。

所在地:大阪府大阪市都島区毛馬町1-2

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母恩寺

浄土宗の寺。寺伝によると仁安3年(1168)後白河法王が高野山参詣の途中、当地の風光明媚に感じ、母待賢門院を偲んで建立したという。一時期広大な寺域を誇っていて、住職は代々皇女がつとめる尼寺であった。今次の戦災にあい見る影もない。

所在地:大阪府大阪市都島区都島本通1-20

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蕪村生誕の地

与謝蕪村は享保元年(1716)この付近の毛馬村で生まれた。20歳の頃江戸に出て俳諧を学んだ。写生画・南宗画・文人画にも秀で、芭蕉を敬愛し、その没後即席を訪ねて東国を放浪している。明和3年(1766)蕪村が中心になって三菓社を結成、芭蕉復興を図った。旅の途中、たびたび大阪を訪れたが、故郷毛馬へは立ち寄らなかったという。しかし、蕪村の「春風馬堤曲」は切々たる望郷の詩である。。天命3年(1783)没、68歳。

所在地:大阪府大阪市都島区毛馬町3-7(堤防)

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2015-03-28(Sat)

農業用水門

都島本通交差点周辺は、「かすがえ」(滓上江または澤上江)と呼ばれて、淀川の水利に恵まれた田園地帯でした。農業用水門は当時の田園風景を象徴するものとして、その名残りを長くとどめるために再現されたものです。大正14(1925)年、市域における大阪市土地区画整理事業第1号として都島土地区画整理組合が設立され、以後昭和12(1937)年にかけて道路や公園など、市街地の基盤形成のための事業が進められました。現在、都島公園内には当時の関市長が記した土地区画整理記念碑文が残っています。

所在地:大阪府大阪市都島区都島北通1-1

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2015-03-28(Sat)

渡辺綱・駒つなぎの樟

周辺はかつて善源寺荘と呼ばれ、大江山の鬼退治で有名な源頼光が支配する荘園でした。長徳年間(995~998)、頼光は一族の武神「八幡大神」を祀り、この地に産土(うぶすな)神社を創建しましたが、そのとき、頼光自らが、この樟(くす)を植えたといわれています。頼光の四天王の1人で、この荘園の管理をまかされていた渡辺綱が、この神社に詣でるとき、いつも馬をこの樟につないだため、この呼称がついたと伝えられています。樹齢900年と推定される樟は、昭和のはじめに大阪府の天然記念物第1号に指定されましたが、残念なことに戦災にあい、現在は枯死しています。

所在地:大阪府大阪市都島区善源寺町1-11

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2015-03-28(Sat)

大阪市水道局発祥の地

明治28年11月13日、大阪市最初の上下水道がここから送水された。それまで飲料水は、淀川に水か井戸水に頼っていたためこれらなどが流行し、酸鼻を極めた。そこで当時の市年間予算の3倍強の経費と3年余りの歳月をかけ、61万人の給水能力を持つ施設が整備されました。大阪市の上水道敷設70周年を記念して、1965(昭和40)年に建てられたもので、取水口の一部が保存されている。完成当時、この取水口から取り入れた水は、浄化された後、送水ポンプで大阪城内の配水池に運び上げられ、市内に給水されたという。しかし、急増する水道の需要に対応できず、1909(明治842)年に柴島浄水場が完成すると、取水口は。1915(大正4)年9月に閉鎖された。

所在地:大阪府大阪市都島区中野5丁目-13(都島橋東詰南側、毛馬桜之宮公園内)

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2015-03-28(Sat)

青湾の碑

豊臣秀吉は、このあたりの淀川の水が特に清澄であることから、小湾を設け「青湾」と名づけ、好んで茶の湯に用いたといわれています。桜宮付近の川水は味がよく、明治に至るまで、飲料水として市中に販売され、網島には水問屋が軒を並べていました。青湾の碑は、文久2年(1862年)、煎茶を普及させた売茶翁、柴山元昭の百年忌にあたって開催された青湾茶会に際し、当時、湾の近くに寓居していた南画界の高峰、田能村直入(たのむらちょくにゅう)らが建立したもので、裏面に「「コノ湾ノ水甘香ニシテ茶ニ適ス汲ミテ尽キズ青霞ヲ吸ウニマサル」と刻されています。

所在地:大阪府大阪市都島区中野町1-10毛馬桜之宮公園内

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2015-03-28(Sat)

桜宮

祭神は天照大神で創建不承。この付近は淀川の洪水被害を受ける地域であった。社もそのたびたび移った。当地への遷座は宝暦6年(1756)と伝え地名にあやかり桜が多く植えられたので名所となった。しかし明治18年の記録的な淀川の大洪水で全て枯死した。その記念碑も境内にある。

所在地:大阪府大阪市都島区中野1丁目12

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2015-03-28(Sat)

ぬえ塚

平安京御所で近衛天皇(1150頃)が毎夜怪物「ぬえ」に悩まされる事件があった。それを源頼政(源平合戦、宇治で奮戦自殺)が射たおして解決した。人々はその怪物の姿に恐れ、船に乗せて淀川に流したところ当地に漂着したので、里人が葬ったその跡という。ここも母恩寺の境内であったという。

所在地:大阪府大阪市都島区都島本通3-18

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2015-03-28(Sat)

舎密局跡

舎密とはオランダ語の理化学を意味する言葉で、大阪で初めての公立教育機関である。この舎密局は、もとは江戸幕府が計画したものだが、明治政府が受け継ぎ、大坂城西定番屋敷跡に設立した学校で、1869(明治2)年5月に、オランダの第2等官医ハラタマを教頭として招いた。後に名称も、大阪開成所分局理学所大阪開成学校と変更されたが、1889年には京都へ移って、第3高等学校となり、京都大学へと発展する。
所在地:大阪府大阪市中央区大手前3
最寄駅:大阪市営地下鉄谷町線・中央線谷町4丁目駅徒歩3分

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2015-03-28(Sat)

大阪活版所跡

明治3年、五大友厚の懇望を受けたわが国活字印刷の創始者といわれる、本木昌造が設計創設した活版印刷所の跡で、大阪の近代印刷はここから始まったといえる。昌造は幕末長崎のオランダ通詞(通訳)で職業がら洋書に広く接し、外国に後れを取るわが国の印刷術の現状(木版印刷)を憂い、主主文献により研究を続けた。その苦心の結果、ついに寛永4年(1851)わが国最初の鉛の流し込みによる活字の鋳造に成功して、この地に長崎につぐ2番目の活版印刷所を設けた。昌造はその後、大阪最初の鉄橋高麗橋の架橋にも加わるなど、いろいろの事業に携わったが、常に活版を忘れず、活版伝習所を作り1日も早くその技術を全国に普及しようと努力を続けた。明治8年没、52歳。

所在地:大阪府大阪市中央区大手通2丁目4

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2015-03-26(Thu)

造幣局「桜の通り抜け」2015

「日本さくら名所100選」に選定されている造幣局で、毎年4月中旬の1週間、「桜の通り抜け」が開催されます。造幣局南門(天満橋側)から北門(桜宮橋側)への一方通行で、約560mの桜並木が楽しめます。敷地内には、カンザン、コデマリなど約130品種350本の桜が植えられています。
所在地:〒530-0043大阪府大阪市北区天満1-1-79
開催期間:2015年4月9日~15日平日/10:00~21:00、土日曜/9:00~21:00
交通アクセス:JR東西線「大阪天満宮駅」2号出口から徒歩15分、または地下鉄谷町線・京阪本線「天満橋駅」2号出口から徒歩15分
主催:独立行政法人造幣局
料金:見物無料
問合せ先:ハローダイヤル050-5548-8686






2015-03-26(Thu)

のざきまいり2015

元禄時代から伝わる「のざきまいり」は、人が生きていく上で、知らず知らずにお世話になった有縁、無縁のすべてのものに感謝のお経をささげる行事です。野崎観音の境内にある舞台では、大道芸、歌舞伎、津軽三味線などが奉納されます。駅からの参道には300軒あまりの露店が並び、多くの参拝客で賑わいます。
所在地:〒574-0015大阪府大東市野崎2-7-1
開催期間:2015年5月1日~8日境内特設舞台/10:30~16:00、露店/9:00~17:00頃
交通アクセス:JR学研都市線「野崎駅」から東へ徒歩10分
主催:野崎観音
料金:境内参拝自由
問合せ先:野崎観音(慈眼寺)072-876-2324




2015-03-25(Wed)

大阪ばら祭2015

咲くやこの花館のフラワーホールがバラの花色と香りに包まれる「大阪ばら祭2015」が開催されます。会場を華やかに彩る見本展示や香りの高いローズのディスプレイが登場し、関西ばら会によるガーデンローズコンテストが行われます。高山植物室に原種のバラが展示されるほか、花盛りのプチイングリッシュガーデンにもバラが咲き誇ります。
所在地:〒538-0036大阪府大阪市鶴見区緑地公園2-163
開催期間:2015年5月15日~17日10:00~17:00(入館は16:30まで)※展示/15日は12:00~
交通アクセス:地下鉄長堀鶴見緑地線「鶴見緑地駅」から徒歩10分
主催:咲くやこの花館
料金:入館料が必要/大人500円、中学生以下・大阪市内居住の65才以上(証明証が必要)および障がい者手帳など提示者は無料
問合せ先:咲くやこの花館06-6912-0055







2015-03-25(Wed)

梅田七夕2015

七夕の日の前後に、新梅田シティで「梅田七夕」が開催されます。七夕まつりで有名な仙台から大小さまざまな「くす玉」が到着し、新梅田シティが豪華絢爛な七夕飾りで彩られます。梅田スカイビル地下1階の滝見小路食堂街には、色とりどりの小さな「吹き流し」が大量に飾り付けられ、昭和初期のレトロな空間は色彩豊かに装いを変えます。空中庭園と滝見小路をはじめとする街全体の空間を、伝統行事・七夕で埋め尽くすコラボレーションが見られる「新梅田シティ」ならではのイベントです。
所在地:〒531-6023大阪府大阪市北区大淀中1-1
開催期間:2015年5月30日~8月8日
開催場所:新梅田シティ梅田スカイビル
交通アクセス:JR「大阪駅」中央北口から北西へ徒歩7分、または阪急「梅田駅」から徒歩10分、または阪神「梅田駅」から徒歩13分
主催:梅田七夕実行委員会
料金:入場無料 ※空中庭園展望台/大人800円、高中生500円、小学生300円、シニア(65歳以上)700円、幼児(3歳以上)100円
問合せ先:新梅田シティ総合インフォメーション06-6440-3899





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