2012-10-31(Wed)

大井堰水路と中の坂の道標

平尾・西小路・牧落・桜の4ケ村が潅漑のために箕面川に取水した大井堰水路の分水点であり、洗濯場でもあった。ここは、箕面街道と萱野道(馬道)の交差点でもあったので、東西南北の各方面に行先を刻んだ道標がある。その北面には徳本上人が書いた蔦文字と呼ばれる独特な字体の六字名号が刻まれている。
所在地:箕面市箕面1丁目
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2012-10-31(Wed)

勝尾寺表参道町石

大鳥居から北に延びる道は勝尾寺表参道で、この道に沿い、勝尾寺までの距離を示す町石が立っている。この辺りの町石は江戸時代に大阪淡路町の小嶋屋長左衛門の後室が寄進したものである。失われているものも多く、現存は36(大鳥居下)、35、34、32、30、28、27、26、23、・・・であるが、元の位置から移動され順番が狂っている所もある。
所在地:箕面市粟生外院1丁目
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2012-10-31(Wed)

芝の高札場跡

ここは芝村の中を南北に通る小道が西国街道と交わる地点で、ここに一里塚があり、高札場にもなっていた。
所在地:箕面市萱野3丁目
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2012-10-31(Wed)

今宮の庚申塔

今宮村を東西に貫く西国街道が、勝尾寺道と呼ばれた細い道と交わる地点のすぐ南、道の脇の古木の根本に今宮の庚申塔がある。正徳3年(1713)の銘がある。
所在地:箕面市今宮2丁目4
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2012-10-31(Wed)

小野原の西の常夜灯

小野原村を東西に貫く西国街道の西の村境に建てられた石灯籠の常夜灯で、村に疫病や盗賊が侵入しないようにとの祈りを込めたものである。東の村境の常夜灯と同時に寛政8年(1796)に建てられたもので、こちらには金比羅大権現の銘がある。
所在地:箕面市小野原西1丁目
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2012-10-31(Wed)

小野原東の常夜灯

小野原村を東西に貫く西国街道の東の村境、楠水竜王の祠の前に建てられた石灯籠の常夜灯で、西の村境の常夜灯と一対をなし、同じ寛政8年(1796)に建てられたもので、こちらには大神宮と刻まれている。村に疫病や盗賊が侵入しないようにとの祈りを込めたものである。
所在地:箕面市小野原東2丁目
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2012-10-31(Wed)

勝尾寺大鳥居

勝尾寺表参道が西国街道から分岐する地点に石造の大鳥居がある。鎌倉時代の寛文3年(1245)に初めて建てられ、以来、何度も修理再建が行われた。この鳥居の下に、表参道36町に1町ごとに立てられた町石の、最初の36町石があり、それらの町石を寄進したのは大阪淡路町小嶋屋長左衛門後室であることを記した標石がある。
所在地:箕面市粟生新家1丁目
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2012-10-31(Wed)

正法寺

正保4年(1647)に大阪の中津に創建された臨済宗の寺で、昭和42年に箕面の現在地に移転してきた。境内のエノキやケヤキの樹叢は保護樹林、アキニレは保護樹木になっている。寺の西側の川沿いの小径は、蛍の小径と呼ばれ、シーズンには蛍の乱舞が見られる。
所在地:箕面市箕面6-10-1
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2012-10-31(Wed)

新稲の一本杉と庚申塔

昔ここには大きな一本杉があり、新稲の人たちは、朝日が昇ると、その影が池田村まで届いたと自慢した。平成3年の突風で倒れて今は切株だけが残る。その脇に、青面金剛と刻られた庚申塔が立っており、庚申待ちの習俗を伝えている。寛文7年(1677)の造立で、箕面では最も古い庚申塔である。
所在地:箕面市新稲5丁目4
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2012-10-31(Wed)

新稲の愛宕社

愛宕社は防火の神、京都の愛宕山から護符を受けて祀っているもの。脇に消防車庫、火の見櫓があり、以前は散髪屋もあった。散髪屋は、昔は村人が共同で雇って散髪と火の見櫓の番をして貰っていたもの。つまり、ここには防火の4点セットが揃っていた。道の反対側に、元禄4年(1691)に新稲村が建てた巡礼道の道標がある。
所在地:箕面市新稲5丁目2
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2012-10-31(Wed)

布袋山栄松寺

元禄元年(1688)吉田ト斎が亡母の供養のために創建した。山号の布袋山は、開山の大応智勇が入山の前夜、布袋が招く夢を見たことによると云う。もとは永松庵と称したが、享保8年(1723)に没した三平の姉「こきん」の法名「円覚院桂月知栄大姉」に因んで栄松寺に変えたと云う。
所在地:箕面市新稲2丁目11-29
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2012-10-31(Wed)

萱野三平の墓

昔は南山と呼ばれた千里丘陵にあったが、開発によってここに移された。この墓は三平が没して35年目に、兄の孫萱野重好と甥北河原長好によって建てられたもので、文字は百拙元養、撰文は堀南湖と云う当時の錚々たる文化人による。これは伊丹の酒造家である長好が、伊丹の領主の近衛公を通じて、これらの人たちと縁を結んでいたことによる。傍らに母「こまん」の墓もある。
所在地:箕面市萱野5丁目共同墓地内
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2012-10-31(Wed)

須賀神社跡

ここにあった須賀神社は、明治末頃の神社統合にあたつて、小野原村内の他の神社と同様に春日神社に統合され、いまその跡地は春日神社の御旅所となっている。境内には春日神社の神輿を置く神輿台がある。須賀神社とは祇園の神で防疫神の牛頭天王を祀る社の称である。
所在地:箕面市小野原東1-7
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2012-10-31(Wed)

親水公園(箕面西公園)

親水公園は、豊かな水辺の自然の中で水と遊ぶことが出来る身近な水辺空間である。この公園は平成6年に箕面川の河畔に整備された。
所在地:箕面市桜2丁目
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2012-10-31(Wed)

新家の春日神社

この付近は平安時代には摂関家藤原氏の「垂水東牧」と呼ばれた広大な荘園の一部であった。この荘園は後に藤原氏の氏神である奈良の春日神社に寄進された。その縁でここに春日神社が祀られている。境内には新家の村の愛宕社もある。西入口には、享保2年(1717)の庚申塔と35町石がある。境内はアベマキ・アラカシの保護樹林である。
所在地:箕面市粟生新家2丁目1-5
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2012-10-31(Wed)

今日で10月は終わり

今日で10月は終わり。家の近所の家電量販店ではもうクリスマスツリーが出てました。
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2012-10-31(Wed)

新池の庚申塔

萱野の新池の東堤に、付近にあった石仏(多くは墓石)を集めた一角があり、その奥の灯籠の脇に芝村の庚申塔がある。宝永2年(1704)の銘があり、箕面における庚申信仰は、西端の新稲に入ってから40年程で、この辺りまで広まったことが知られる。
所在地:箕面市萱野2丁目
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2012-10-31(Wed)

新池前の道標

新池前の道路の反対側に立つ。東面に「すぐみのを」、西面に「すぐ京道」とあり、願主は京の中本氏である。巡礼道と萱野道の分岐に立つ道標と全く瓜二つである。
所在地:箕面市萱野1丁目
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2012-10-31(Wed)

中村の天満宮

粟生間谷の中村地区の氏神である。境内には樹齢数百年の巨大なムクノキがある。祭神は菅原道真であるが、このムクノキがもともとのご神体であったろうと云われている。境内の裏口の所に巡礼道の道標がある。
所在地:箕面市粟生間谷西3丁目23
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2012-10-31(Wed)

銅鐸出土地

昭和41年、如意谷団地造成現場で、近くに住む本城寿男氏がブルトーザーによって一部破損した銅鐸を発見した。この発見によって、銅鐸は人為的に埋められたものであることが初めて明らかになり、如意谷銅鐸は全国的に有名になった。4世紀頃に猪名川流域に展開していた為奈物部氏が埋納者であろうと考えられている。
所在地:箕面市如意谷3丁目
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2012-10-31(Wed)

金竜寺

永正16年(1519)の創建と伝える浄土真宗の寺。元禄年間から、境内に雌雄一対のナギの大木があったが、現在は実生の若木が育っている。
所在地:箕面市桜5丁目6-21
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2012-10-31(Wed)

郷倉と力石

牧の荘4か村を所領した旗本青木氏の年貢収納倉(郷倉と云う)がここにあった。前に置かれた力石は、年貢を納めに来た若者たちが力比べのために持ち上げた石。4斗、5斗、6斗の3つの石がある。(1斗は15kg)
所在地:箕面市牧落2丁目-14
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2012-10-31(Wed)

教学寺

浄土真宗の寺で、天文年間に始まった俗道場が、江戸時代の元禄2年(1689)に寺になったものである。明治時代の中頃、住職の子息三島海雲氏が中国で教師として勤務中、蒙古人から乳酸飲料カルピスの製法を学び、大正8年帰国後、東京にカルピス製造会社を設立した。いま境内には顕彰碑が立てられている。
所在地:箕面市稲2丁6-15
072-723-4192

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2012-10-31(Wed)

牛回し塔

牛回しは牛が病気に罹らないように、昭和10年代まで農村で行われていた習俗で、農耕作業の始まる春先に、特定の樹木や石の回りを牛を牽いて回るもの。ここ半町では大威徳明王と刻まれた笠塔婆で牛回しをした。大威徳明王は五大明王の一つで、牛に乗り西方を守護する明王である。
所在地:箕面市半町2丁目
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2012-10-31(Wed)

安養寺

浄土真宗(本願寺派)の寺院である。
天文3(1534)年看風直大夫が、本願寺10代証如に帰依し、浄名と法号して創建されました。享保2(1717)年消失しましたが、同6(1721)年に再建され現在に至っています。康雲作の本尊阿弥陀如来立像を始め、聖徳太子、親鸞・蓮如上人画像等の貴重な文化財が伝え残されています。
大阪府箕面市牧落2-11-10

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2012-10-31(Wed)

素盞鳴尊神社

祇園の神で防疫神である牛頭天王を祀り、粟生天王社と称していたが、明治初期の神仏分離によって素盞鳴尊神社と改名したものである。大正7年、神社統合において、この社が粟生村の総社とされ、粟生村内の全ての神社がここに統合されたが、戦後それらは再び元の場所に戻った。参道脇に愛宕社がある。平安時代にここにあった菩提寺との関係は明らかでない。境内はコジイ・ヤマモモなどの保護樹林である。
所在地:箕面市粟生間谷西
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2012-10-31(Wed)

箕面市立郷土資料館

箕面市立郷土資料館は、大阪府箕面市にある歴史系資料館。
○概要
箕面市内の遺跡・古墳から出土した考古資料と市民の生活資料を収集して、平成元年(1989年)4月1日に西小路にて開館。
平成18年(2006年)2月16日、一旦閉館。
平成18年(2006年)8月1日、みのおサンプラザ1号館地下1階に移転して開館。

○施設
常設展示 農家の居間・稲の一生コーナー
考古資料のコーナー 
企画展示のコーナー 年6回企画展を実施。
秋期 拓本を活用した石造文化財をテーマとした企画展。
冬期 小学生を対象とした「くらしの道具展」。
体験学習室

○利用情報
開館:10:00~17:00
休館日:毎週木曜日及び年末年始(12月29日から1月3日)
入場料:無料

○交通
阪急箕面線「箕面駅」から、東へ徒歩およそ2分。

○所在地
〒562-0001
大阪府箕面市箕面六丁目3番1号みのおサンプラザ1号館地下1階

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2012-10-31(Wed)

箕面公園昆虫館

箕面公園昆虫館は、大阪府箕面市箕面公園内にある博物館。この昆虫館は、箕面公園内にあるので、観光客が多く訪れている場所である。また、館内には、一年を通じて蝶が自然に飛び交う姿を観察できる「放蝶園」が設置されている。昆虫標本は、国産を中心に、6000種以上展示されている。大阪府が営業する、昆虫館である。

○概要
昆虫を広く紹介するため、1953年(昭和28年)に昆虫館(木造1階)として開業。
1981年(昭和56年)に、昆虫館(RC造2階)を建て替えをする。
1992年(平成4年)、放蝶園が完成する。
1996年(平成9年)、昆虫館の改修工事を行う。
2002年(平成14年)、財団法人大阪府公園協会が運営管理を行う。
2006年(平成18年)、大阪府の直轄へ戻る。現在に至る。
展示室には、実際に触れる昆虫の模型が設置されている。また、生きた昆虫の展示では箕面公園に生息する昆虫20種類以上が展示されている。
開館時間: 午前10時~午後5時 (入館は午後4時30分まで)
休館日:火曜日・年始年末(夏休みと11月は休館日なし)
入館料: 高校生以上270円 中学生以下無料 団体(30人以上)190円

○館内の展示物
1階展示室
昆虫パネルコーナー
おもしろBOX
昆虫標本制作コーナー
ハチの世界
音・におい・光BOX
生体展示
水生昆虫の展示
放蝶園
生きた蝶の展示

○所在地・交通アクセス
〒562-0002大阪府箕面市箕面公園1-18
阪急箕面線箕面駅から北へ徒歩15分
車の場合、駐車場は無いが、阪急箕面線箕面駅近くの駐車場が使える。

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2012-10-31(Wed)

庚申塔

庚申塔は、庚申塚ともいい、中国より伝来した道教に由来する庚申信仰に基づいて建てられた石塔のこと。庚申講を3年18回続けた記念に建立されることが多い。塚の上に石塔を建てることから庚申塚、塔の建立に際して供養を伴ったことから庚申供養塔とも呼ばれる。庚申講(庚申待ち)とは、人間の体内にいるという三尸虫という虫が、寝ている間に天帝にその人間の悪事を報告しに行くのを防ぐため、庚申の日に夜通し眠らないで天帝や猿田彦や青面金剛を祀り、勤行をしたり宴会をしたりする風習である。庚申塔の石形や彫られる仏像、神像、文字などはさまざまであるが、申は干支で猿に例えられるから、「見ざる、言わざる、聞かざる」の三猿を彫り、村の名前や庚申講員の氏名を記したものが多い。仏教では、庚申の本尊は青面金剛とされるため、青面金剛が彫られることもある。神道では猿田彦神とされ、猿田彦神が彫られることもある。また、庚申塔には街道沿いに置かれ、塔に道標を彫り付けられたものも多い。さらに、塞神として建立されることもあり、村の境目に建立されることもあった。庚申塔は沖縄を除く全国で分布が確認されているが、地域によって建立数に差が見られる。 例えば関東地方では数多く建立されているが、日本における庚申信仰の中心的な寺社がある京都や大阪など関西では比較的に見て庚申塔の建立は少ない傾向がある。確認されている現存最古の庚申塔は埼玉県にある庚申板碑で文明3年(1471)であり、当初は板碑や石幢などが多い。青面金剛刻像は福井県にある正保4年(1647)が現存最古とされている。なお、奈良東大寺所有の木像青面金剛は鎌倉時代の作とされている。

○歴史
庚申塔の建立が広く行われるようになるのは、江戸時代初期(寛永期以降)頃からである。以降、近世を通して多数の庚申塔が建てられた。当初は青面金剛や三猿像のほか、阿弥陀、地蔵など主尊が定まっていない時期を経て、徐々に青面金剛像が主尊の主流となった。その後、江戸中期から後期にかけて「庚申塔」あるいは「庚申」と文字のみ彫り付ける形式が増加する。明治時代になると、政府は庚申信仰を迷信と位置付けて街道筋に置かれたものを中心にその撤去を進めた。さらに高度経済成長期以降に行われた街道の拡張整備工事によって残存した庚申塔のほとんどが撤去や移転されることになった。現在、残存する庚申塔の多くは寺社の境内や私有地に移転されたものや、もともと交通量の少ない街道脇に置かれていたため開発による破壊を免れたものである。田舎町へ行くと、今でも道の交差している箇所や村落の入り口などに、「庚申」と彫られた石塔を全国で見ることができる。

2012-10-31(Wed)

細工谷遺跡

難波宮跡の東南に位置する遺跡で、1996年に発掘されました。全国初の発見となった和同開珎の枝銭は、日本最古の貨幣を製造する過程で使われたもの。「百済尼寺」と記された墨書土器や瓦、金属加工に関連した遺物や7世紀末の通貨富本銭、尼の父の名前を記した木簡など、飛鳥時代から奈良時代を中心とするさまざまな資料が見つかっています。細工谷遺跡からの出土で存在が浮かび上がった古代寺院は、難波宮の南側に点在しており、条坊制が敷かれた難波宮の栄華を偲ばせます。条坊制とは南北の大路と東西の大路を碁盤の目状に組み合わせた都市計画を指します。現地で自由に見学できるのは、出土品の一部の説明と小さな北向地蔵尊のみ。専門家の手引きによる不定期の見学会も開かれています。
〒543-0032大阪市天王寺区細工谷1

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かずぼんです。大阪並びに近畿一円の口コミ情報を提供していきたいと思います。

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