2011-09-30(Fri)

ニャー

家の近所で猫の写真を撮影しましたので写真UPします。
J0010421.jpg
スポンサーサイト

2011-09-30(Fri)

僕が運営しているネットショップ

僕がやっているネットショップのサイトを紹介しておきます。最近涼しく(寒く)なり始めたので冬物も順二だしています。
かずぼんの生活雑貨商店

かずぼんのパソコンショップ

2011-09-30(Fri)

岩坪古墳

岩坪古墳は通称「お経台」山の北面山腹に位置し眼下には周囲を山に囲まれた町内最大の平地「キネンダ」を見下ろす所に位置している。昭和26年の夏、地元では「キツネ塚」と呼んでいた塚を試掘しようとして、落ち込んだ医師を取り除くと広い石室があらわれたので村当局に連絡された。以後大阪教育大学及び府教育委員会の手で発掘となり、能勢に古墳であること及び能勢での古墳発掘第一号となったのである。
○岩坪古墳の特徴
南面に開講した両袖の横穴式石室を持つ円墳で、石室はこの地域では稀に見る大きな規模を備えている。羨道部分は未発掘閉塞されたままで、府域でもここが初めての発掘となりその意義は大きかった。又玄室の西壁側の位置で土が焼けて赤くなり、中に土師器の甕片と消炭が多量に混入しあい、煤煙の付着もあり確実に煮沸が行われた形跡が確認されたことは後考の大きな問題提起となったのである。次に木棺直葬、人骨も出土し埋葬者は数体と考えられた。特にこの古墳からはおびただしい遺物の出土がみられたので次にあげる。

○見つかったもの
・須恵器
提瓶1、横瓶1、平瓶5、台付短頸坩3、長頸瓶2、短頸坩10、高杯2、はそう1、蓋杯の身16、蓋杯の蓋11、杯1、?5、足付?1、甕2個体分、
・土師器
椀1、杯1、?1、他に平安時代前後と思われる緑釉椀1、中国製の白磁椀、瓦器椀15
・玉類
水晶製切小玉6、水晶製勾玉1、水晶製算盤玉1、碧玉製管玉6、玻璃製小玉6、滑石製小玉1、鍍金(鍍銀)の剥離した銅環3
・鉄製品
刀子2、直刀2、鏃27、轡1、木心鉄板鋲留鐙

以上のように豊富な遺物であるが、これらは何度かにわたる埋葬による遺品の相違と考えられるし、さらに形式の前後が認められる。では本来の古墳副葬品として、後世の遺物を除いた種類と数量をあげてみると、
須恵器62点、武器類31点、土師器3点、馬具2点、玉類22点、耳環3点
以上のようにどれをとっても品目は豊富で、須恵器の数量や多様性、また多種類の玉類の存在、さらに非実践的な広峰式鉄鏃の大量副葬。これらを通して考えられることは、この古墳の被葬者の政治的社会的勢力の一端を十分にうかがわせるものである。発掘が終わった後地域住民によって鎮魂の碑「岩坪長者の墓碑」が建てられ又発掘された人骨を碑下深く納めておごそかに法要が勤修されたそうです。

所在地:大阪府豊能郡能勢町神山(慈眼寺に行く道沿いに小さな看板のようなものがあり、そこから山の中にある細い山道の中に入っていくとある。場所は分かりにくい)

J0010738.jpg
慈眼寺に行く道沿いにある看板はこれです。この横らへんに細い山道のようなものがあるのでその山道を入る。

J0010756.jpg
この山道はこの写真の様に細い。途中にこんな看板がある

J0010757.jpg

J0010758.jpg

J0010759.jpg

J0010760.jpg

2011-09-30(Fri)

田園風景

先日能勢町のほうに写真撮影に行った時に撮影してきました。ほとんどの農家が稲刈りを終えていました。
J0010745.jpg

J0010746.jpg

J0010747.jpg

J0010748.jpg

2011-09-30(Fri)

ヒガンバナ

ヒガンバナ(彼岸花、学名:Lycoris radiata)は、ヒガンバナ科ヒガンバナ属の多年草。クロンキスト体系ではユリ科。リコリス、曼珠沙華(マンジュシャゲ、またはマンジュシャカ サンスクリット語 manjusaka の音写)とも呼ばれる。学名の種小名 radiata は「放射状」の意味。
○特徴
全草有毒な多年生の球根性植物。散形花序で6枚の花弁が放射状につく。道端などに群生し、9月中旬に赤い花をつけるが、稀に白いものもある。その姿は独特で、夏の終わりから秋の初めにかけて、高さ30 - 50cmの枝も葉も節もない花茎が地上に突出し、その先端に包に包まれた花序が一つだけ付く。包が破れると5 - 7個前後の花が顔を出す。花は短い柄があって横を向いて開き、全体としてはすべての花が輪生状に外向きに並ぶ。花弁は長さ40mm、幅約5mmと細長く、大きく反り返る。開花終了の後、晩秋に長さ30 - 50cmの線形の細い葉をロゼット状に出す。葉は深緑でつやがある。葉は冬中は姿が見られるが、翌春になると葉は枯れてしまい、秋が近づくまで地表には何も生えてこない。つまり開花期には葉がなく、葉があるときは花がない。

○分布など
北海道から琉球列島まで見られる。自生ではなく、日本には中国から帰化したものと考えられる。その経緯については、稲作の伝来時に土と共に鱗茎が混入してきて広まったといわれているが、土に穴を掘る小動物を避けるために有毒な鱗茎をあえて持ち込み、あぜや土手に植えたとも考えられる。また鱗茎は薬になり、救荒食でもある。そのような有用植物としての働きを熟知しての運搬の可能性も無視できない。人里に生育するもので、田畑の周辺や堤防、墓地などに見られることが多い。特に田畑の縁に沿って列をなすときには花時に見事な景観をなす。湿った場所を好み、時に水で洗われて球根が露出するのを見かける。なお、山間部森林内でも見られる場合があるが、これはむしろそのような場所がかつては人里であったことを示すと見るべきである。また、日本に存在するヒガンバナは全て遺伝的に同一であり、三倍体である。故に、雄株、雌株の区別が無く種子で増えることができない(遺伝子的には雌株である)。中国から伝わった1株の球根から日本各地に株分けの形で広まったと考えられる。

○近縁種
ショウキズイセン(鍾馗水仙 L. traubii Hayward)はこれに似た別種で、葉の幅が広い点などに違いがある。またこの種は結実する。他にシロバナマンジュシャゲ L. albiflora Koidz. は、ヒガンバナの白花に似ているが、花弁がさほど反り返らず、またやや黄色みを帯びる。葉もやや幅広い。一説にはショウキズイセンとヒガンバナの雑種であるとも。

○有毒性
全草有毒で、特に鱗茎にアルカロイド(リコリン、ガランタミン、セキサニン、ホモリコリンなど)を多く含む有毒植物。誤食した場合は吐き気や下痢、ひどい場合には中枢神経の麻痺を起こして死にいたる。水田の畦(あぜ)や墓地に多く見られるが、以下のような目的の為に人為的に植えられたためと考えられている。 前者の場合ネズミ、モグラ、虫など田を荒らす動物がその鱗茎の毒を嫌って避ける(忌避)ように、 後者の場合は虫除け及び土葬後、死体が動物によって掘り荒されるのを防ぐため、ただしモグラは肉食のため、ヒガンバナに無縁という見解もあるが、エサのミミズがヒガンバナを嫌って土中に住まない。そのためにこの草の近くにはモグラが来ないともいう。有毒なので「農産物ではない」つまり年貢の対象外とされた為、救荒作物として田畑や墓の草取りのついでに栽培された。鱗茎は澱粉に富む。有毒成分であるリコリンは水溶性であるため長時間水に曝せば無害化が可能であるため、救飢植物として第二次世界大戦中などの戦時や非常時において食用とされた事もある。また、花が終わった秋から春先にかけては葉だけになり、その姿が食用のノビルやアサツキに似ているため、誤食してしまうケースもある。鱗茎は石蒜(せきさん)という生薬名であり利尿や去痰作用があるが、有毒であるため素人が民間療法として利用するのは危険である。ちなみに、毒成分の一つであるガランタミンはアルツハイマー病の治療薬として利用されている。

○名前に関わる話
彼岸花の名は秋の彼岸ごろから開花することに由来する。別の説には、これを食べた後は「彼岸(死)」しかない、というものもある。上記の飢餓植物としての面から一考する価値はあると思われる。別名の曼珠沙華は、法華経などの仏典に由来する。また、"天上の花"という意味も持っており、相反するものがある(仏教の経典より)。仏教でいう曼珠沙華は「白くやわらかな花」であり、ヒガンバナの外観とは似ても似つかぬものである(近縁種ナツズイセンの花は白い)。 『万葉集』にみえる"いちしの花"を彼岸花とする説もある。「路のべの壱師の花の灼然く人皆知りぬ我が恋妻は」 また、毒を抜いて非常食としている事もあるので、悲願の花と言う意味もあるが一般的には危険である。異名が多く、死人花(しびとばな)、地獄花(じごくばな)、幽霊花(ゆうれいばな)、剃刀花(かみそりばな)、狐花(きつねばな)、捨子花(すてごばな)、はっかけばばあと呼んで、日本では不吉であると忌み嫌われることもある。一方、欧米では園芸品種が多く開発されている。園芸品種には赤のほか白、黄色の花弁をもつものがある。日本での別名・方言は千以上が知られている。また、韓国では夏水仙のことを花と葉が同時に出ることはないから「葉は花を思い、花は葉を思う」という意味で「相思華」と呼ぶのに、彼岸花も同じく花と葉が同時に出ることはないので彼岸花も相思花と呼ぶことが多い。日本では上記の「花と葉が同時に出ることはない」という理由から「葉見ず花見ず」とも言われる。学名のLycoris(リコリス)とはギリシャ神話の女神、海の精:ネレイドの一人、Lycoriasの名前からとられたもの。
J0010686.jpg


J0010769.jpg

2011-09-30(Fri)

ハス

ハス(蓮、学名:Nelumbo nucifera)は、インド原産のハス科多年性水生植物。
○名称など
古名「はちす」は、花托の形状を蜂の巣に見立てたとするのを通説とする。「はす」はその転訛。 水芙蓉(すいふよう、みずふよう)、もしくは単に芙蓉(ふよう)、不語仙(ふごせん)、池見草(いけみぐさ)、水の花などの異称をもつ。 漢字では「蓮」のほかに「荷」の字をあてる。ハスの花を指して「蓮華」(れんげ)といい、仏教とともに伝来し古くから使われた名である。 また地下茎は「蓮根」(れんこん、はすね)といい、野菜名として通用する。属名 Nelumbo はシンハラ語から。種小名 nucifera はラテン語の形容詞で「ナッツの実のなる」の意。 英名 lotus はギリシア語由来で、元はエジプトに自生するスイレンの一種「タイガー・ロータス」 Nymphaea lotus を指したものという。7月の誕生花であり、夏の季語。 花言葉は「雄弁」。

○特徴
原産地はインド亜大陸とその周辺。地中の地下茎から茎を伸ばし水面に葉を出す。草高は約1m、茎に通気のための穴が通っている。水面よりも高く出る葉もある(スイレンにはない)。葉は円形で葉柄が中央につき、撥水性があって水玉ができる(ロータス効果)。花期は7~8月で白またはピンク色の花を咲かせる。 早朝に咲き昼には閉じる。園芸品種も、小型のチャワンバス(茶碗で育てられるほど小型の意味)のほか、花色の異なるものなど多数ある。なお、果実の皮はとても厚く、土の中で発芽能力を長い間保持することができる。1951年(昭和26年)3月、千葉市にある東京大学検見川厚生農場の落合遺跡で発掘され、理学博士の大賀一郎が発芽させることに成功したハスの実は、放射性炭素年代測定により今から2000年前の弥生時代後期のものであると推定された(大賀ハス)。その他にも中尊寺の金色堂須弥壇から発見され、800年ぶりに発芽に成功した例(中尊寺ハス)や埼玉県行田市のゴミ焼却場建設予定地から、およそ1400年から3000年前のものが発芽した例(行田蓮)もある。近年の被子植物のDNA分岐系統の研究から、スイレン科のグループは被子植物の主グループから早い時期に分岐したことがわかってきた。しかしハス科はそれと違って被子植物の主グループに近いとされ、APG分類体系ではヤマモガシ目に入れられている。

○利用
観賞用、食用として湿地で栽培される。
・地下茎
地下茎はレンコン(蓮根)として食用になる。日本では茨城県、徳島県で多く栽培されており、中国では湖北省、安徽省、浙江省などが産地として知られている。中国では、すりつぶして取ったでん粉を葛と同様に、砂糖とともに熱湯で溶いて飲みものとする場合もある。

・葉
葉については「蓮の葉」を参照。

・種子
はすの実と呼ばれる果実(種子)にもでん粉が豊富であり、生食される。若い緑色の花托が生食にはよく、花托は堅牢そうな外見に反し、スポンジのようにビリビリと簡単に破れる。柔らかな皮をの中に白い蓮の実が入っている。種は緑色のドングリに似た形状で甘味と苦みがあり、生のトウモロコシに似た食感を持つ。また甘納豆や汁粉などとしても食べられる。中国や台湾では餡にして、月餅、最中などの菓子に加工されることも多い。餡にする場合苦味のある芯の部分は取り除くことが多いが、取り除いた芯の部分を集め蓮芯茶として飲まれることもある。 また、蓮肉(れんにく)という生薬として、鎮静、滋養強壮作用がある。

・芽
果実の若芽は、果実の中心部から取り出して、茶外茶として飲用に使われる。

・花
ハスを国花としているベトナムでは、雄しべで茶葉に香り付けしたものを花茶の一種であるハス茶として飲用する。資料によれば甘い香りが楽しめると言う。かつては茶葉を花の中に挿入し、香りを茶葉に移していた[3]。

・茎
撥水性の葉と茎がストロー状になっている性質から、葉に酒を注いで茎から飲む象鼻杯(ぞうびはい)という習慣もある。ベトナムでは茹でてサラダのような和え物にして食べる。茎の表皮を細かく裂いて作る糸を「茄絲(かし)」、茎の内部から引き出した繊維で作る糸を「藕絲(ぐうし)」と呼び、どちらも布に織り上げる等、利用される。

J0010433.jpg

J0010434.jpg

J0010435.jpg

2011-09-29(Thu)

読書ではないんだけど(漫画の紹介するなよ)

タイトルの通りちょっと本の紹介します漫画ネタでごめんね。近々映画又はテレビでやるんですかね。

賭博破戒録カイジ 全13巻 完結コミックセット(ヤングマガジンコミックス)賭博破戒録カイジ 全13巻 完結コミックセット(ヤングマガジンコミックス)
(2010/01)
福本 伸行

商品詳細を見る


賭博黙示録カイジ 全13巻 完結コミックセット(ヤングマガジンコミックス)賭博黙示録カイジ 全13巻 完結コミックセット(ヤングマガジンコミックス)
(2010/01)
福本 伸行

商品詳細を見る


賭博堕天録カイジ 全13巻 完結コミックセット (ヤングマガジンコミックス)賭博堕天録カイジ 全13巻 完結コミックセット (ヤングマガジンコミックス)
(2010/01)
福本 伸行

商品詳細を見る


カイジ 人生逆転ゲーム 通常版 [DVD]カイジ 人生逆転ゲーム 通常版 [DVD]
(2010/04/09)
藤原竜也、天海祐希 他

商品詳細を見る


カイジ 人生逆転ゲーム 豪華版 (限定生産) [DVD]カイジ 人生逆転ゲーム 豪華版 (限定生産) [DVD]
(2010/04/09)
藤原竜也、天海祐希 他

商品詳細を見る

2011-09-29(Thu)

最近ブログの更新がついて言ってない

最近、写真を撮影に行く事がよくあるんだけど、更新がついていっていない。なぜなら写真を撮影しただけでなく、文章も書かなければならないからだ。文字情報だけのブログならこれでいいんだけど、このブログの場合、文章と写真の両方があって初めて意味のあるブログだからだ。まあゆっくりと更新していきたいと思います。

Panasonic デジタルカメラ ルミックス シルバー DMC-TZ18-SPanasonic デジタルカメラ ルミックス シルバー DMC-TZ18-S
(2011/05/19)
パナソニック

商品詳細を見る


【最新機種対応型】【パナソニック DMW-BCG10 互換バッテリ-】 ルミックス Lumix ZX3、TZ20 対応【最新機種対応型】【パナソニック DMW-BCG10 互換バッテリ-】 ルミックス Lumix ZX3、TZ20 対応
()
iishop

商品詳細を見る


OLYMPUS デジタルカメラ VG-140 シルバー 1400万画素 広角26mm 光学5倍ズーム 3.0型液晶 VG-140 SLVOLYMPUS デジタルカメラ VG-140 シルバー 1400万画素 広角26mm 光学5倍ズーム 3.0型液晶 VG-140 SLV
(2011/01/28)
オリンパス

商品詳細を見る


パナソニック LUMIX DMC-G3W-W シェルホワイト ダブルズームレンズキット

パナソニック LUMIX DMC-G3W-W シェルホワイト ダブルズームレンズキット

デジカメ パナソニック デジタルカメラ LUMIX DMC-TZ20-N

デジカメ パナソニック デジタルカメラ LUMIX DMC-TZ20-N

デジカメ パナソニック デジタルカメラ LUMIX DMC-FX77(A・N・P色)
★人気の最新デジカメ★SONYソニー Cyber-shotサイバーショット DSC-WX5 ゴールド

オリンパス SZ-11 シルバー

2011-09-25(Sun)

夕日

先日きれいな夕日を見ることが出来たので写真を撮影しました。
J0010734.jpg

2011-09-23(Fri)

台風15号は通過したけど

台風15号が通りすりたら急に寒くなり始めた。風邪をひかないように気をつけましょう。

2011-09-21(Wed)

8月に撮影した花

8月に撮影した花の写真をUPします。
J0010529.jpg

J0010530.jpg

J0010531.jpg

J0010532.jpg

J0010533.jpg
J0010534.jpg

2011-09-19(Mon)

太田神社

太田神社は大阪府茨木市にある神社で、嶋下郡の式内社。
○歴史・概要
延喜式巻第9に「太田神社鍬・靫」と記された式内社で、祈念祭には皇室から鍬や靫が奉献されていた由緒ある神社であるが、その後の来歴は全く不明。新撰姓氏録の第18巻に、中臣太田連の氏が記載されており、当初は太田連の先祖である天児屋根命を祭っていたと思われる。明治5年(1872年)には村社となり、昭和20年(1945年)に社格を失っている。例祭は珍しく12月10日である。

○境内社
天神社:少彦名命を祀る。
稲荷神社:宇賀御魂神を祀る。

○祭神
現在「天照皇大神」「速素盞鳴尊」「豊受皇大神」の3柱を祀る。

○所在地
大阪府茨木市太田3-15-1

J0010545.jpg

J0010546.jpg

J0010547.jpg

J0010548.jpg

J0010549.jpg

J0010550.jpg

2011-09-19(Mon)

須久久神社

須久久神社は大阪府茨木市にある神社。延喜式神名帳に記されている摂津国嶋下郡の式内社。

○歴史
「神宮雑例集」に天平12年(740年)4月5日、右大臣中臣清麻呂が当地に籠居し、その住居附近に祖神を祀ったとあり、天坊幸彦氏は元は天児屋根命を祀っていたとする。明治5年村社に列す。延喜式神名帳には須久久神社二座鍬靫とあり、いま一座は春日神社。古くは両地ともに宿久庄であったが、明暦元年(1655)3月に別れて二村となり、現在は当社のみをいう。

○祭神
現在「素盞鳴尊」「稲田姫命」の2柱を祀る。

○所在地
大阪府茨木市宿久庄4-22-33
J0010457.jpg

J0010458.jpg

J0010459.jpg

J0010460.jpg

J0010461.jpg

J0010462.jpg

2011-09-19(Mon)

倍賀春日神社

倍賀春日神社は大阪府茨木市にある春日神社九社の一つ。
○歴史
村誌には「往古は高良社または高良神社と称し、中條郷の總社として名高かりき。624年前紀國弘此の神を深く信じ、一の誓願を為し大望成就しければ、春日大明神攝島下郡高良社石燈爐延慶二八月日願主紀國弘敬白と刻める春日式石燈籠を奉献す。現に社前の石垣内に松の老樹と共に存し、今や大阪府天然記念物と指定せらる。」とある。天坊幸彦氏は「伝ふる所によれば神功皇后三韓征伐の際宿禰此地を通り村民の災厄を救ひたりしかば、村民其徳に報ひん為め、祀りて神となしたるなりといふ。春日村に春日神社を奉祀するは当然のことなれば、此伝説は燈籠によりて附会されたるにあらざるか。」と指摘している。明治5年(1872年)村社に列す。例祭は10月17日。

○祭神
天児屋根命

○境内社
天満宮祭神:菅原道真 大正7年(1918年)1月21日、字藪の下に鎮座していた無格社天満宮を合祀。

○石燈籠
鎌倉時代の作と云われ、三島地区で在銘燈籠中最古。昭和38年7月国の重要文化財に指定される。銘記上部の「春日大明神 攝島下郡 倍加村」は下部の「敬白 高良社 石燈爐 延慶二 八月 願主 紀□弘」と字体が異なり、時代があたらしく、後代の人によって追刻されたもの。高熊子竿氏は「春日神社の石燈籠考」で、高良社は高良大社(久留米市)ではなく、石清水八幡宮の摂社高良社(こうら)のことで、延慶2年(1309年)には花園天皇も行幸して高良社に下賜あり、高良大社も敬意を表して石燈爐を寄進。その後放置されていたのを明治初期に倍賀村の人々がもらい受けて氏神に祀ったと考察しています。

○所在地
大阪府茨木市春日5-6-1

J0010506_201608281303557d4.jpg

J0010507_20160828130357df9.jpg

J0010508_20160828130358da8.jpg

2011-09-19(Mon)

幣久良神社

幣久良神社は、大阪府茨木市にあった神社。地元では「てくらじんじゃ」と呼ばれる。延喜式神名帳に『摂津国 嶋下郡 幣久良神社 鍬靫』と記されている式内社。明治41年(1908年)に安威の式内社である阿為神社に合祀された。
○歴史
勧請年月不祥。元禄11年(1698年)、幣久良の森から百舌鳥野小松原の瑠璃光院の西に移した。『高反別記』に「手鞍山の坤に耳原村上野村の墓所があるので、これを忌み、元禄10年、大坂御奉行所へ願出て薬師堂の松原へ社を移す」とある。『八雲御抄』に「月夜には手くらの杜もくらからすましてしらゝの濱いかならん」と詠まれている。幣久良山の東の池は神輿を埋めたので御手洗池と呼ばれた。元禄の社殿修築の際、池の木を使おうとしても動かないので神木としたが、後に畑にするために伐採した村人が病死したので、延享元年(1744年)に神木のあったところに祠を建てた。『摂津名所図会』に「耳原村にあり。鍬靱。『延喜式』に出づ。生土神とす。今稲荷大明神と称す。」とあり、 「幣久良神社現今境内之図」には、幣久良山、幣久良池(御手洗池)の東、西国街道の北、田地の中に反正天皇陵(鼻摺古墳)と履中天皇陵(耳原古墳)の間に鳥居・燈籠・拝殿・本殿が描かれ、文化3年(1806年)に作成された『山崎通分間延絵図』にも履中帝陵に稲荷社と薬師が並んでいる。明治12年(1879年)の『耳原誌』には「別社 本村の西方幣久良山の麓にあり。稲荷神社・清森稲荷神社・幣久良山稲荷神社。村社(幣久良神社)の別社なれば倉稲魂命を祭れり。」とあり、旧地を別宮として祀っていた。この地は長くテイジンの敷地であったが、現在、セキスイによる宅地開発で削平され面影はない。幣久良山裾に稲荷神社跡の石碑(白髭大明神、大正11年4月健之)と、瑠理光院にあった薬師堂が耳原自治会館前に遺っている。例祭は9月9日らしい。

○所在地
大阪府茨木市耳原3


2011-09-19(Mon)

牟禮神社

牟禮神社は大阪府茨木市にある神社。島下郡の式内社。
○歴史
元は牟礼豪族の祖、大中津日子命(おおなかつひこのみこと)を祭る。最初牟礼集落にあり、宝永元年(1704年)に中村集落に返され、昭和14年(1939年)の安威川の改修で現在地に移り、社殿も変わった。社殿は慶長11年(1606年)片桐且元の建築した生國魂神社の末社、北向八幡宮の建物を昭和15年(1940年)に譲り受けたもの。明治5年(1872年)に村社に列す。昭和54年(1979年)に本殿を修復。境内神社はない。

○祭神
現在「建速素盞鳴尊(たてはやすさのおのみこと)」「天児屋根命(あめのこやねのみこと)」の2柱を祀る。

「古事記」玉垣宮(垂仁天皇)の段に御子大中津日子命者牟礼之別祖也とあり、元は牟礼豪族の祖、大中津日子命を祀っていたものが、織田信長の社寺焼き払いを免れるため、祭神を信長の敬う牛頭天王、春日神であると偽ったのがそのままとなった。

○所在地
大阪府茨木市中村町5-7

J0010513.jpg

J0010514.jpg

J0010515.jpg

2011-09-19(Mon)

道祖神社

道祖神社は全国にいくつもあり、茨木市内にもここと高浜町の2つあります。小さな社です。祭神猿田彦命。いつ頃にできた神社かは不明。

所在地:茨木市豊川1丁目29-5
J0010466.jpg

J0010467.jpg

J0010468.jpg

J0010469.jpg

J0010470.jpg

2011-09-19(Mon)

須賀神社

須賀神社は大阪府茨木市にある神社。
○概要
旧鮎川地区の鎮守社。慶長6年(1602年)奉納の絵馬や、元文2年(1737年)9月9日銘の石灯籠がある。 明治5年(1872年)村社に列せられる。例祭は春大祭が5月8日、秋大祭が10月13日である。

○祭神
現在は須佐之男命を祀る。

○境内
園城寺稲荷社:宇迦之御魂神行宮社  
池光稲荷社:宇迦之御魂神
白姫龍神社:白姫龍神・水神

○クスノキ
樹齢900年。樹高25m、径2m、幹周り6m。

茨木市指定保存樹 第15号 (昭和51年2月13日指定)
大阪府天然記念物 (昭和53年8月4日指定)

○所在地
大阪府茨木市鮎川2-6-45


J0011112.jpg

J0011113.jpg

J0011114.jpg

J0011115.jpg

2011-09-19(Mon)

春日神社

春日神社は大阪府茨木市にある神社。延喜式神名帳に記されている摂津国嶋下郡の式内社。例祭は10月16日である。

○歴史
式内須久久神社二座の一つで、「神宮雑例集」に天平12年(740年)4月5日、右大臣中臣清麻呂が当地に籠居し、その住居附近に祖神を祀ったもの。元宿久庄村の属邑であったが、明暦元年(1655年)に独立し、春日神社と称した。明治5年(1872年)に村社に列す。

○祭神
現在「天児屋根命」「武甕槌命」「経津主命」「比売大神」の4柱を祀る。

○所在地
大阪府茨木市清水2-10-1
J0010445.jpg

J0010446.jpg

J0010447.jpg

J0010449.jpg

J0010450.jpg

J0010451.jpg

J0010452.jpg

2011-09-19(Mon)

目垣城跡

目垣の地は、古代から中世にかけて広くこの地を統裁していた溝咋氏の所領溝咋荘の内にあり、溝咋荘の代表的な土地であったことから、この名が付けられたといわれています。位置・興廃年月とも不詳。以上のように、この辺りに土豪溝咋氏の城館があったことが伺えますが、その興亡や跡地を断定することは困難です。しかし溝咋氏は古代からこの地方に勢力のあった豪族で、目垣を中心として、館を造り塁堡も築いたことは当然考えられます。その場所は、おそらく安威川左岸・育英橋を下った辺りであると考えられています。
仏照寺の南側の私有地のなかに石碑と案内板がつくられています。

○所在地
茨木市目垣1丁目

2011-09-18(Sun)

郡神社

○祭神
天児屋根命 
素盞鳴尊

○歴史
摂津国島下郡の郡・郡山・上野の3村の産土神で、もと北殿垣内の宮田にあり、春日大明神又は牛頭天王社と呼ばれた。

元亀・天正年間(1570年~1593年)の兵乱で荒廃。
明暦2年(1656年)3月、現在地に遷座。
元禄年間(1688年~1703年)より地名から今の社名に改める。
明治5年(1872年)、村社に列す。
明治8年(1875年)、鉄道線路用材として社地にあった老樹を伐採。
明治41年(1908年)5月、神饌幣帛料供進社に指定。
明治41年6月12日、畑田の宇賀神社を合祀。

○境内
若宮春日神社 天児屋根命・素盞鳴尊
五社
八幡神社 応神天皇
皇大神宮 天照皇大神
稲荷神社 倉稲魂命
落橋神社 新屋座天照魂神
土祖神 猿田彦命
宇賀神社 宇賀之御魂神
稲荷神社 倉稲魂命
正一位 金平大明神
春日神社 天児屋根命

○所在地
大阪府茨木市郡3丁目21-48

○例祭
7月15日(夏祭)
10月20日(例祭)
J0010305_20120224121555.jpg

J0010306.jpg

J0010307.jpg

J0010308.jpg


この神社の裏には凍り神社古墳と言う古墳があるそうです。以下の写真がその古墳です。
J0010309_20120224121553.jpg

J0010310.jpg

J0010311.jpg

J0010312_20120224121632.jpg

2011-09-18(Sun)

阿比太神社

阿比太神社は、大阪府箕面市桜ヶ丘にある神社。『延喜式神名帳』に掲載されている摂津国豐嶋郡阿比太神社に比定されている。江戸時代には牛頭天王と呼ばれていた。素盞嗚尊を祭神としている。社伝によると、応神天皇3年に創建とされる。貞観11年(869年)に成立した『続日本後紀』によると、当社は仁明天皇の時代に従五位下に列したという。江戸時代には広く崇敬を集め幣帛を受けた。明治5年(1872年)に村社に列格し、同44年(1911年)には神饌幣帛料供進社となる。昭和50年(1975年)には社殿を改築した。現在は箕面市桜ヶ丘に鎮座しているが、かつては現在の阪急箕面線箕面駅の北に社殿を置いていたという。
○所在地
大阪府箕面市桜ヶ丘1-8-1

○例祭
10月23日
J0010395.jpg

J0010396.jpg

J0010397.jpg

2011-09-18(Sun)

牧落八幡大神宮

牧落村の氏神で、寛文2年(1662)石清水八幡宮の分霊を奉祀したのに始まる。明治末期の神社統合の時、阿比太神社に合祀されたが、昭和20年代に再び元の地に戻った。
例祭:10月22日
所在地:大阪府箕面市牧落2丁目12-27

J0010436.jpg

J0010437.jpg

J0010438.jpg

J0010439.jpg

J0010440.jpg

J0010441.jpg

J0010442.jpg

J0010443.jpg

2011-09-18(Sun)

春日神社

春日神社は、大阪府豊中市宮山町にある神社である。社殿北側のつつじの園は満開時、大勢の見物客で賑う。
○境内
天照皇大神・天児屋根命・武甕槌大神を祭神とし、菅原道真を祭神とする天神社、薬師如来(少彦名命)を祭神とする薬師社などを境内に有する。社殿前の燈籠は、延享元年(1744年)領主安部摂津守に奉献されたものである。本社殿前に鎮座する狛犬は文政7年(1824年)に少路村、内田村(今で言う小路近辺)若中より奉献されたといわれるものである。

○歴史
・起源
この神社がいつ創建されたのかは不明であるが、伝記には承和2年(835年)に社殿の修繕をしたと伝えられる。以来、旧桜井谷村の地の神として親しまれてきた。

・荒廃そして復興
延元3年(1338年)兵火に遭い焼失、その後は仮殿に神霊を納めた。そして文明15年(1483年)社殿を再建する。永正6年(1509年)、室町幕府10代将軍足利義稙に社殿152石を半減され、戦国時代には神社は荒廃した。また、織田信長が伊丹城主だった荒木村重を討伐する際に戦乱に巻き込まれて社殿が焼失、天正6年(1578年)に仮殿に神霊を納めた。その後、安部摂津守の領地となり再建に着手、慶安3年(1650年)9月12日に祭神を遷座して現在に至っている。

○行事
・代表的な行事
「例大祭(秋祭り)」
例大祭は神社で毎年執り行われる祭祀のうち最も重要なもので、春日神社においては10月12日に行われる。午前11時より祭典が執行され、午後2時より午後9時まで神楽奉納が、午後5時20分より午後6時までだんじり囃子の奉納が行われる。
「左義長」
古来から、宮中で行われてきた悪魔払いとして伝えられ、民間では正月用の門松、しめ飾りなどを焼いた儀式として、江戸時代から行われてきた行事である。この神社では1月15日(小正月)にこの行事を行う。
・行事年表
1月1日 歳旦祭 
1月15日 左義長、とんと焼き  
2月3日 節分祭、追儺式、お火焚き祭り(福豆撒き)(甘酒、接待)
4月上旬 つつじ園開園、春祭り、英霊慰霊祭
6月30日 大祓(夏越)
7月12日 夏祭り
10月12日 例大祭(秋祭り)
11月中 七五三祭
12月31日 大祓い(年越し)、除夜祭
毎月1日 月次祭

○末社
・天神社
社殿の上にある子社であり、菅原道真を祀る。
・稲荷社
天神社と同じく社殿の上の一帯にあり、豊受姫大神、宇賀魂大神、火産大神を祀る。
・山神社
稲荷社周辺にあり、素盞鳴尊を祀る。
・地蔵尊
社殿上一帯に位置し、地蔵尊を祀る。
・大山津見社
社殿上一帯左側に位置する。大山津見大神を祀る。
・薬師社
大山津見社左側に位置する。薬師如来(少彦名命)を祀る。

○文化財
薬師社 薬師如来像 昭和38年(1963年)6月13日、豊中市指定文化財となる。
薬師社 木造漆箔薬師如来坐像 昭和62年(1987年)9月1日、豊中市指定文化財となる。

○所在地
大阪府豊中市宮山町1-10-1
J0010402.jpg

J0010403.jpg

J0010404.jpg

J0010405.jpg

J0010406.jpg

2011-09-18(Sun)

豊中稲荷神社

豊中稲荷神社は、大阪府豊中市中部に鎮座する神社。稲荷神社が正式社名で、豊中稲荷神社は通称。
○由緒
創建年代は不確かながら、行基創建の金寺に近衛氏から寺領数十町歩の寄進があり、この守護神として勧請されたことに始まるとされる。以後三車之荘(新免乃荘)の産土神として栄えたが、永正元年(1504年)、足利義稙により社領を没収され、荒廃した。更に天正6年(1578年)、織田信長が伊丹城の荒木村重攻略に当たり、高山右近に命じて摂津国一円の社寺を焼き払わせたため、当社の宝物も、神璽を除き烏有に帰してしまった。戦火が収まると、神社は仮殿を経て慶安4年(1651年)に再建されたものの、往時に比べればささやかな小社となった。時は移り昭和45年(1970年)、再建320周年記念行事として幣殿・拝殿・社務所を改築し、本殿は旧来のままで覆殿を新築した。周囲はかつて農村だったが今や完全に住宅地と化し、境内は隣接する公園と共に貴重な緑の空間となっている。昔この近辺には新免宮山古墳群と言う古墳群があったらしい(今現在この古墳群の痕跡は無い)。この古墳群との関連については不明である。

○主な祭礼
春祭 - 4月17日挙行。
夏祭 - 7月17日挙行。
秋祭(例大祭) - 10月17日挙行。
大祓 - 12月31日挙行。
当社は丘陵地に位置するため、周囲は古くから水利に難があった。このためかつては雨乞いの祈雨祭がしばしば催されたという。領主だった保科氏からも牡丹餅の奉納があり、また氏子が奉納する飛上り太鼓が知られていたものの、祈雨祭は周囲の宅地化につれて行われなくなった。

○付属施設
学校法人豊中稲荷学園を介し、宮山幼稚園を運営する。

○所在地
大阪府豊中市本町7丁目3-7

○アクセス
阪急宝塚線豊中駅から北東へ300m
J0010368.jpg

J0010369.jpg

J0010370.jpg

J0010371.jpg

J0010372.jpg

J0010373.jpg
J0010374.jpg

2011-09-18(Sun)

八坂神社

池田市内に八坂神社と言う神社があるのをご存知ですか。別名は「早苗の森」「神田の森」です。例祭は毎年10月22日。
○祭神
素戔嗚尊を祀る。

○歴史
円融天皇の天元元年(978年)の創建。天正7年(1579年)織田信長の伊丹城主荒木村重討伐の兵火で焼失する。 慶長15年(1610年)池田備後守光重が再建。牛頭天王社、素戔鳴尊神社、神田の宮と称した。明治5年(1872年)村社に列す。明治40年(1907年)春日神社・九頭神社を合祀して境内に移し、翌41年神饌幣帛料供進社に指定された。同42年今在家の駒の森の十二神社を本殿に合祀したが、昭和21年(1946年)に現在地(豊島南1丁目2-9)に復祠している。

○社殿
本殿は檜皮葺の一間社流造であるが、梁間を2間とする。慶長15年に池田光重によって再建されたもので、装飾化された蟇股や木鼻等に桃山時代の特色があり、当地方に数少ない遺構として昭和46年(1971年)に重要文化財に指定された。

○境内
稲荷神社、八幡宮・熊野三所権現・金比羅大権現・日野大明神・蛭子尊・天満宮・春日神社・両皇大神宮、九頭社細原社

○文化財
・国指定
本殿(附棟札1枚)(重要文化財(建造物)、昭和46年6月22日)
・池田市指定
木地透彫著色二十四孝透弊欄間21面(重要文化財(彫刻)、昭和55年3月24日)江戸時代
神田祭 額灯と幟の宮入り(無形民俗文化財、昭和53年10月31日)
イスノキ(天然記念物、昭和53年10月31日)

○所在地
大阪府池田市神田4丁目7-1

○交通アクセス
阪急宝塚本線池田駅より南へ徒歩15分

J0010665.jpg

J0010666.jpg

J0010667.jpg

J0010668.jpg

J0010669.jpg

J0010670.jpg

2011-09-18(Sun)

女九神社

女九神社は大阪府茨木市にある神社。
○歴史
この地は鬱蒼とした森であったが、明治8年(1875年)の東海道線鉄道敷設の用材として伐採した。 『摂津名所図会』に継体天皇崩御の時、12人の妃のうち9人が殉死されたのを陵の傍らに葬り、ここに祀ったとあり、或いは継体天皇の元妃にして安閑天皇・宣化天皇の母后目子媛に関係があるようです。例祭は10月11日。

○所在地・交通アクセス
大阪府茨木市東太田町3-5-32
阪急バス:総持寺前下車北東へ徒歩10分
J0010556.jpg

J0010557.jpg

J0010558.jpg



2011-09-18(Sun)

溝咋神社

溝咋神社は大阪府茨木市にある神社。 延喜式神名帳に『摂津国嶋下郡 溝咋神社 鍬靫』と記されている式内社。
○歴史
『日本書紀』神代巻に「事代主神為八尋熊鰐通三島溝?姫或云玉櫛姫而生児姫路鞴五十鈴姫命是為神日本磐余彦火々出見天皇之后也」とあり、この三島には溝?耳命が鎮座し、娘の玉櫛姫が大和三輪の事代主命が見初め、丹塗矢に化けて近づき結婚。五十鈴姫が生まれ、神武天皇の皇后となったとある。溝咋神社は雨乞いの霊験も著しく、社伝によれば、当地が阿保親王の領地であった天長6年(829年)の旱魃では、親王より鏡を賜り、祈雨すると忽ち降雨したという。神宝の「暁の御鏡」(二神二獣鏡)がそれである。社殿は文明9年領主溝咋兵庫介質信、文禄年間には長谷川式部少輔之が再建し、現在の社殿は寛保2年(1742年)米屋右衛門・米屋喜兵衛が建立。 維新まで宮寺の密教山不動院名蓮寺(高野山金剛峰寺)が境内にあり、牛頭天王社として知られる。明治5年(1872年)村社に列し、明治40年(1907年)神饌幣帛共進社に指示される。明治42年(1909年)、安威川の東、馬場字宮田にあった溝咋上宮神社に祭られていた3座(媛蹈鞴五十鈴媛命・溝咋耳命・天日方奇日方命)を合祀。明治42年二階堂字星見の天満神社(菅原道真)、明治43年(1910年)には大字目垣の荒神社(軻遇突知神・中津彦神・中津比賣神)を境内に移転。かつては祭礼に三島鴨神社まで渡御があったという。

○祭神
現在「溝咋玉櫛媛命」「媛蹈鞴五十鈴媛命」「溝咋耳命」「天日方奇日方命」「速素盞鳴尊」「天児屋根命」の6柱を祀る。

○境内社
摂社:事代主神社:事代主命・軻遇突知神・奥津彦神・奥津比賣神・弥都波能賣神・波邇夜須毘古神・波邇夜須毘賣神
末社:天照皇大神社:天照皇大神・猿田彦神・応神天皇
末社:保食神社:保食神
末社:手力雄神社:手力雄神
末社:木花開耶姫命社:木花開耶姫神・級長戸辺神・市杵嶋姫命・菅原道真

○溝咋上宮神社跡
賀剛氏は「式内社の研究」で上代は上社の溝咋耳命に仕えたのが下社の祭神玉櫛姫であったのが、五十鈴姫が神武天皇の皇后となったので母神の方が有力となり、下社が式内社に昇格したとしている。 上社旧跡の碑は、昭和40年(1965年)4月、浪商学園が跡地に運動場を建設した際に建立された。

○所在地
大阪府茨木市五十鈴町9-21

○例祭
4月9日(春祭)・10月14日(秋祭)

J0010509.jpg

J0010510.jpg

J0010511.jpg

J0010512.jpg

2011-09-18(Sun)

佐和良義神社

佐和良義神社は大阪府茨木市にある神社で、嶋下郡の式内社。通称「大宮さん」。
○歴史
古来から元茨木川堤防際にあり、延喜式内社であるが創建の年月は不明。明治5年(1872年)村社に列せられる。明治40年(1907年)8月の豪雨で川が決壊し社殿が流失し、大正6年(1917年)に本殿、拝殿、器具庫を再建した。

○祭神
現在、加具土大神を祀る。「神名帳考証」は平群都久宿禰命、「神社覈録」は早良臣神歟、「特撰神名牒」は加具土神とする。また、社前の明和5年(1768年)の石燈籠に天児屋根尊とあることから、天坊幸彦氏は祭神に天児屋根尊を加える。総代でもあった高橋好隆氏は燈籠を奉納した安井延清が高橋家より安井道頓一族家に入婿した人で、この地が中世近衞家の荘園で、先祖が藤原氏に繋がるという自覚から刻んだと推察する。

○境内社
八幡神社:祭神:応神天皇
城の鎮守社で、石清水八幡宮から勧請されたという。

○所在地
大阪府茨木市美沢町9-27
J0010504.jpg

J0010505.jpg

J0010506.jpg

J0010507.jpg

2011-09-18(Sun)

茨木神社

茨木神社は、大阪府茨木市にある神社。

○歴史
大同2年(807年)、坂上田村磨が荊切の里(地名「茨木」の由来)を作った際、今は奥宮となっている天石門別神社が創建されたのに始まると伝えられる。当時は、現在の茨木市宮元町に鎮座していた。天石門別神社の名は、「延喜式神名帳」にも見える。楠正成が茨木城を築くに当たって現在の位置へ遷座し、以後代々城主の崇敬を受けた。織田信長は統治手段としてキリスト教を保護し、一方で社寺の破壊を行っていたが、天照大御神、春日大神(天児屋根命)、八幡大神(誉田別命)それに信長自身の産土神である牛頭天王(素戔嗚尊)だけは、さすがの信長も恐れて破却しなかった。そこで天石門別神社は社名を隠し「牛頭天王社」と号して破却を免れ、また後になって素戔嗚尊を実際に合祀したという。元和8年(1622年)には社殿を新築すると共に、従来の天石門別神社を奥宮とし、素戔嗚尊を本殿に遷して本社とした。明治5年(1872年)には郷社に列せられている。

○境内
本殿
拝殿
天石門別神社(奥宮) 神明造。天手力男命を祀る。
儀式殿
神輿庫・参集殿
社務所
東門 元和3年(1617年)の茨木城廃城に当たり、搦手門を移築したもの。
梅園
黒井の清水

○境内社
皇大神宮 天照大御神を祀る。
稲荷神社 宇迦御魂命を祀る。
愛宕神社 火産霊命を祀る。
天満宮 菅原道真公を祀る。
主原神社 天児屋根命、応神天皇を祀る。
多賀神社 伊射那岐命を祀る。
皇大神社 天照大御神を祀る。
事平神社 大物主神、崇徳天皇、金山彦命を祀る。
厳島神社 市杵島姫命を祀る。
恵美須神社 事代主命、大国主命を祀る。

○主な神事
1月1日歳旦祭
1月9日~11日十日戎祭
2月11日紀元祭
4月8日人形奉焼祭
4月18日祈年祭
6月30日大祓
7月13日~14日夏祭
10月10日例大祭
11月23日新嘗祭
12月31日大祓

○所在地
大阪府茨木市元町4番3号
J0010517.jpg

J0010518.jpg

J0010519.jpg

J0010520.jpg

J0010521.jpg

J0010522.jpg

J0010523.jpg


プロフィール

kazubonka

Author:kazubonka
かずぼんです。大阪並びに近畿一円の口コミ情報を提供していきたいと思います。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カレンダー
08 | 2011/09 | 10
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
カテゴリ
メモ
















































【高額報酬!!】有名女優が多数愛用している事でも知られている光美容機。世界中のセレブ御用達の一品。高額商品にも関わらず売れ続けています。ご利用者からご満足のお便りも大変多いです。定価472,500円











BTOパソコンショップ 『フレッシュフィールド』 オールカスタマイズ可能なオリジナルパソコン好評発売中!





























スルガ銀行ANA支店
銀行取引でANAマイルが貯まる(100×60)バナー











<

「サイパン旅行ナビ」でオプショナルツアーを予約!



ティッカー

グアム

ハワイ旅行

ムームードメイン

カスタムバイク買取













検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブロとも一覧

続・竹林の愚人

思いつくまま

oobuta日記
QRコード
QRコード
FC2カウンター
平成20年8月26日からのアクセス数です。
FC2ブログランキング

FC2Blog Ranking

FC2アフィリエイト
カウンター アフィリエイト・SEO対策
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
スポンサードリンク

FC2Ad

Powered by FC2 Blog