2010-12-26(Sun)

ドイツクリスマス

大阪スカイタワーで開催されていたドイツクリスマスに昨日行ってきました。
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2010-12-26(Sun)

安威城

昔茨木市に安威城という城があった事をご存知ですか。安威川西岸の丘陵に築かれた山城で、『大阪府全志』によると東西180m×南北270mの規模があったと思われ、『東摂城址図誌』によると内郭、本丸跡の中心部には「御殿台」という土壇があったとの記載が見受けられるが、現在は宅地化されわずかに北東に土塁跡が見受けられる。
今現在は石碑があるのみである。
所在地:茨木市安威2丁目12番地
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2010-12-26(Sun)

史跡新池ハニワ工場公園

高槻市上土室1丁目のマンション群の中に史跡新池ハニワ工場公園という公園があるのをご存知ですか。この公園は、新池東側の丘陵上に展開する最古・最大級のハニワ工場跡を整備し、マンガ陶板や復元ハニワを通して、楽しく古墳時代やハニワづくりのようすが学べるところです。国指定の史跡。正式名称は「史跡今城塚古墳附新池埴輪製作遺跡」。
○施設
工房2棟 3棟の内2棟を復元。
窯跡2基 大小あわせて18の窯の内、2基を復元。
ハニワ工場館 新池遺跡最大級の18号窯(530年年頃)を覆屋で保護し、出土した埴輪3点も展示。
所在地:高槻市上土室一丁目
TEL:072-695-8274
交通:JR富田駅から市営バス<公団阿武山>行きで「上土室」下車、徒歩約5分。
駐車場はありません
開館時間:ハニワ工場館午前10時~午後5時(園内は終日可)
休館日: ハニワ工場館12月29日~1月3日
入園料等:無料
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2010-12-26(Sun)

福井城

○概要
現在の福井城跡は殆んどが田んぼになっており、一見城跡なのか解りにくいが、土地の高低と堀の構造、そして現在も使用されている、「子字名本丸・城ケ谷・構え」などの地名から城の概要を推し量ることができる。地理的には、茨木川東岸、北側には福井山の支脈の突端部、台地に築かれた、山城もしくは丘城と考えられている。また近隣には、追手門学院大学を挟み直線距離で約1.5 kmの場所に安威城がある。

○沿革
この城の歴史については多くは解っていない。明治時代初期頃に作成された『東摂津址城図誌』によると、建武元年(1334年)摂津国、河内国、和泉国に楠木正成守護が築いたとあるが、楠木正成が摂津国の守護職についた史実は無いので伝承レベルで記載されたと思われる。ただ西国街道と丹波街道の抑えとして築いた、としている点は可能性が十分あり、楠木正成説を否定できない。
同じ『東摂津址城図誌』には、細川頼之が福井城に摂津国の守護代を、また細川勝元の時には秋庭元明を守護代として配したと記載されている。また福井城の西側に、古来「矢上」と称する場所があったようで、『福井村誌』によると「大永5年(1525年)から翌年まで、四国方の三好勢と京方の薬師寺勢と数度の合戦ありし古跡」とあるが、これは、大永6年(1527年)から翌年の誤りで、桂川原の戦いの事で波多野稙通軍がこの辺りまで戦線を拡大していたと思われる。この『福井村史』によると「矢上」と称する場所は、武士が矢の稽古をしていた場所、との記載もある。廃城は、この桂川原の戦いの大永7年(1528年)2月の事で、細川晴元方に降服し開城した。その後史上からその名を消したので、この時に廃城になったものと思われている。

所在地:茨木市東福井3丁目(上福井バス停すぐ)
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2010-12-24(Fri)

ヤツデ

○特徴
20cm以上もある大きな葉をつける。葉はつやがあり、やや厚手。形は文字通り掌状だが、7つまたは9つ(奇数)に裂けており、8つに裂けることは無い。学名のFatsia は日本語の「八」(古い発音で「ふぁち」、「ふぁつ」)または「八手(はっしゅ)」に由来するという。関東以西の、おもに海岸近くの森林周辺に自生する。日当たりの悪い森林のなかにもよく自生しているのが見られる。葉が大型で独特の形をしているのでよく目立ち、見分けやすい。丈夫なので庭木としてもよく植えられる。 花は晩秋に咲き、球状の散形花序がさらに集まって大きな円錐花序をつくる。花びらは小さいが花茎を含めて黄白色でよく目立つ。他の花が少ない時期に咲くため、気温が高い日はミツバチやハナアブ、ハエなどが多く訪れる。果実は翌春に黒く熟す。葉を乾燥させたものは八角金盤と呼ばれる生薬になり、去痰などの薬として用いられる。しかし葉などにはヤツデサポニンという物質が含まれ、過剰摂取すると下痢や嘔吐、溶血を起こす。このため昔は蛆用の殺虫剤として用いていたこともある。
○近縁種
近縁種としては小笠原諸島にムニンヤツデ F. oligocarpella(米国ハワイ州にも野生化)、台湾にタイワンヤツデ F. polycarpa がある。また、セイヨウキヅタとの属間雑種ファツヘデラ X Fatshedera lizei も観葉植物として栽培される。なお、外見的に似ているが縁の遠いものにカミヤツデ、よく似た葉をつける草本にクサヤツデなど、ヤツデの名を持つものは他にも多い。

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2010-12-24(Fri)

クロガネモチ

クロガネモチ(黒鉄黐)とは、モチノキ科モチノキ属の常緑高木。学名 Ilex rotunda。
○概要
高木であるが、あまり高くならず、自然状態では10m程度が普通。明るいところを好む。葉は革質で楕円形やや波打つことが多く、深緑色。表面につやがある。若い茎には陵があり、紫っぽく色づくことが多い。春4月に新芽を吹き、葉が交替する。雌雄異株で、花は淡紫色、5月から6月に咲く。たくさんの果実を秋につける。果実は真っ赤な球形で、直径6mmほど。

○分布と生育環境
本州(茨城・福井以西)・四国・九州・琉球列島に産し、国外では台湾・中国・インドシナまで分布する。低地の森林に多く、しばしば海岸林にも顔を出す。

○利用
しばしば庭木として用いられ、比較的都市環境にも耐えることから、公園樹、あるいは街路樹として植えられる。「クロガネモチ」が「金持ち」に通じるから縁起木として庭木として好まれる地域もある。西日本では野鳥が種を運び、庭等に野生えすることがある。材木は農機具の柄としても用いられる。

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2010-12-22(Wed)

宝梅園1号墳

宝塚市宝梅三丁目の宝梅中学校の正門を入ってすぐ左にあります。元は南西200mの梅林内にありましたが、造成により現在地に石室が移築されました。横穴式石室の奥壁付近だけが残されていて、幅1.2mほどの大きさです。
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2010-12-22(Wed)

安倉高塚古墳

武庫川の河岸段丘上に築かれた直径約17mの円墳で、古墳時代前期(4世紀後半)に作られたものである。昭和12年の道路工事に際し、発掘調査が行われた。道路工事のため、墳丘は半壊したが内部には石積みの竪穴式石室があり、関室内には割竹形木管が安置されていた。出土遺物には、内行花文鏡・神獣鏡の鏡2面と管玉・小玉等の装飾類・鉄製品等があり、これらは兵庫県指定重要文化財となっている。赤烏の年号は中国の呉の国のもので、わが国では山梨県の鳥居原狐塚古墳からも赤烏元年(238)銘の鏡が出土している。卑弥呼が魏へ使いを送ったとされる景初3年(239)の時代に近く、また、3世紀台に中国で製作されたと見られる鏡の出土から、その入手経路や輻輳された事情を知る上で貴重な古墳です。宝塚市史跡。
所在地:宝塚市安倉南一丁目4、県道42号線安倉交差点から東50mの市道沿いにあります。
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2010-12-14(Tue)

VISORAのクリスマスツリー

箕面市にあるVISORAのクリスマスツリーの写真を撮影してきました。
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2010-12-14(Tue)

きれいな夕日

先日きれいな夕日を見る事ができたのでPHSで写真撮影しました。
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2010-12-14(Tue)

ナンテン

ナンテン(南天、学名:Nandina domestica)は、メギ科の常緑低木。庭木として利用される。
○特徴
中国原産。日本では西日本、四国、九州に自生しているが、古くに渡来した栽培種が野生化したものだとされている。高さは2m位、高いもので4~5mほど。幹の先端にだけ葉が集まって付く独特の姿をしている。先端の葉の間から、花序を上に伸ばし、初夏に白い花が咲き、晩秋から初冬にかけて赤色(まれに白色)の小球形の果実をつける。庭木として植えられることが多く、時に逸出したものが野外で生育しているのも見掛ける。
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2010-12-14(Tue)

サザンカ

サザンカ(山茶花、学名:Camellia sasanqua)は、ツバキ科の常緑広葉樹。
○特徴
秋の終わりから、冬にかけての寒い時期に、花を咲かせる。野生の個体の花の色は部分的に淡い桃色を交えた白であるのに対し、植栽される園芸品種の花の色は赤や、白や、ピンクなど様々である。童謡「たきび」(作詞:巽聖歌、作曲:渡辺茂)の歌詞に登場することでもよく知られる。漢字表記の山茶花は中国語でツバキ類一般を指す山茶に由来し、サザンカの名は山茶花の本来の読みである「サンサカ」が訛ったものといわれる。

○分布
日本では山口県、四国南部から九州中南部、南西諸島(屋久島から西表島)等に、日本国外では台湾、中国、インドネシアなどに分布する[1][2]。なお、ツバキ科の植物は熱帯から亜熱帯に自生しており、ツバキ、サザンカ、チャは温帯に適応した珍しい種であり、日本は自生地としては北限である。

○栽培品種
サザンカには多くの栽培品種(園芸品種)があり、花の時期や花形などで3つの群に分けるのが一般的である。サザンカ群以外はツバキとの交雑である。

・サザンカ群
サザンカ Camellia sasanqua Thunb.
・カンツバキ群
カンツバキ Camellia sasanqua Thunb. ’Shishigashira’(シノニムC. x hiemalis Nakai,C. sasanqua Thunb. var. fujikoana Makino)
カンツバキ(寒椿)は、サザンカとツバキ C. japonica との種間交雑園芸品種群である。
・ハルサザンカ群
ハルサザンカ Camellia x vernalis (Makino) Makino
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2010-12-14(Tue)

トウネズミモチ

トウネズミモチ(唐鼠黐、学名Ligustrum lucidum)とはモクセイ科の植物の一種。中国中南部原産の常緑高木。花期は6~7月頃で黄白色の花を多数咲かせる。公園などの生け垣によく利用される。果実は紫黒色に熟するが、これは女貞子(じょていし)という生薬で強壮作用があるとされる。似た植物に同属のネズミモチ(L. japonicum)がある。本種は葉裏を光に透かしてみると葉脈の主脈も側脈も透けて見えるが、ネズミモチは主脈が見えるものの側脈は見えないので区別できる。また果実はともに楕円形であるが、本種の方が球形に近く、ネズミモチはやや細長い。

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2010-12-08(Wed)

桜井谷窯跡群23号窯跡

この窯跡は平成2(1990)年に窯本体と灰原(不良品などを廃棄処分した場所)の規模や構造などの基礎資料を得る目的で確認調査を実施しました。その結果、全長13m、最大幅2.5m高さ2m以上を有する半地下式構造の登り窯であることが判明しました。窯自体は焚口、燃焼部(薪等を集積し、燃やすところ)、焼成部(土器を置き、焼き上げるところ)などに区分され、床面や壁面には土器と同じ灰青色に硬く焼きしめられています。一方不良品や薪の燃えカスの炭・灰などが捨てられた灰原は窯本体の下方斜面に最大幅25m、、長さ30mの範囲に広がり、その厚さは1~2mにも達しています。操業時期は、これらから出土した遺物によって古墳時代後期前半(6世紀前半)であることも明らかになりました。この窯跡では土器が焼きあがった状態のまま残存しています。これは取り出す直前、天井部の崩落というアクシデントにより放棄されたと推定されています。この災いが私達には幸して、どのような器種をどのように窯詰めするのか、また一窯当りの生産量がどれくらいかなど、古代窯業生産の実態解明に欠かすことの出来ない資料を提供しているそうです。それとこれは余談ですが、この窯の近所に「太鼓塚古墳群」と言う古墳群があるらしい(一部の文献によると個人宅内にあるため見学できないらしい)。
所在地:大阪府豊中市永楽荘4-3
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2010-12-08(Wed)

阪急百貨店川西店の飾り

阪急百貨店川西店でクリスマス用の飾りが出来ているのを見つけました。写真UPします。
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2010-12-08(Wed)

泉の広場のクリスマスツリー

泉の広場にクリスマスツリーが出現したので写真撮影しました。
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2010-12-07(Tue)

掘城跡

堀城は、大阪市淀川区にあった城で、別名中嶋城とも言われている。
○概要
堀城もしくは中嶋城は古文献に多く記述されているが、大阪市の中心部にあり遺構や城の場所が明記された石碑は存在せず、城郭、推定地については不明な点が多い。「日本城郭大系」によると、「永禄9年(1566年)に細川藤賢が築城」との記載が見受けられるが、深井の合戦(永正8年(1511年))や桂川原の戦い(大永7年(1527年))が記載されている『細川両家記』等には既に堀城、中嶋城と記述されており、砦のような城が築城されていたと思われ、その後細川藤賢が本格的な城郭を築いたのではないかと考えられている。中嶋の地は、細川澄元と細川高国の細川家の内紛で、阿波国、堺、京の中間地点にあり、防御する側、攻め込む側双方にとって重要な地点ではなかったかと思われる。築城に関しては不明な点が多いが細川氏(細川藤賢の父細川尹賢ではないかという説もある)の誰かが築城したと考えられている。石山合戦で三好三人衆がようする野田城及び福島城の対抗基地(野田城・福島城の戦い)として織田信長方につき、元亀元年(1570年)9月3日に将軍足利義昭が中嶋城に着陣する、との記載が見受けられる。その3年後天正元年(1573年)今度は足利義昭が織田信長と対立、足利義昭についた堀城は織田信長が派遣してきた軍勢と戦い(高屋城の戦い)敗北し開城した。おそらくこの時に廃城になったものと思われている。このように様々な歴史がある堀城であるが場所については諸説ある。堀城は川のほとりに築城されていたと思われるが、この川は明治43年に廃川となった中津川で、近代の淀川改修事業でつけ変わり、城の名残も完全に消滅し推定地が明確にできない。またこの地域は地名が度々変更され、文献によっては現在の地名と違う地区が記載され複雑にしている。また、堀城、中嶋城は、同じ城なのか、同地域の別の城だったのか、詳細については明確にはなっていない。
○所在地(推定地)
大阪市淀川区十三元今里1(現在は十三公園)

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武田製薬の工場前に標識あり

2010-12-07(Tue)

三津屋城跡

太平記で有名な室町時代に南朝方楠正成が子、楠正行が築いた三津屋城(1345年頃)の址へ楠一族の末裔末弘治郎左衛門尉が文明五年(1453)本願寺八代法主蓮如上人に帰依し剃髪し正顕と称し一字を輩創せしを始祖とし現在に至っている。当時、山号の三社は昔、長楽寺と三社浅衛門宅と三津屋城址(光専寺)の三ヶ所に八幡社があった事より、当村が三社(みつやしろ)村と呼ばれていたことにちなんでいる。いつの頃からか、「みつやしろ村」が「みつや村」になったとも云われている。元禄年間建立の総欅造りの旧本堂、庫裏、鐘楼等は、惜しくも昭和二十年六月十五日の空襲に依り焼尽、現在の本堂は同四十年、壇信徒及び一般の方々の尊い信力によって建立されたものであり、尚、山門のみは、戦災にも焼け残り、昔日の面影を伝えて残す唯一の尊い遺産となった。
この寺の周辺がお城だったのでしょうね。ただ門のところに看板があるだけでそれ以外は何も無い。この寺の中には幼稚園(保育園?)があるため中は見れない。

所在地: 大阪市淀川区三津屋中1光専寺
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2010-12-05(Sun)

万籟山古墳

宝塚市切畑字長尾山にあり、長尾山系の八州嶺から南にのびる標高200m付近の南北方向の尾根上に築造された前方後円墳。雲雀丘ゴルフ場の西に接する尾根である。前方部を南に向け、全長54m、後円部の直径37m、高さ5m、前方部の高さ2mで、自然地形を利用し一部に盛土を施す。墳丘面には葺石・埴輪がある。埋葬施設はほぼ完存する南北方向の竪穴式石室で、内法は全長6.8m、床幅90cm、天井幅50cm、高さは95~105cm。天井石は地表より60cmの深さに12枚現存するが、元は13枚以上あった。石室側面は割石を小口積みし、南と北の壁はほぼ垂直に、東と西の壁は上へむかって持ち送りにしている。U字形の粘土床であるが、木棺全体を粘土で包みこんだらしく、塗付された赤色のベンガラも粘土内から検出されている。1935年(昭和10)の調査では管玉と小玉若干、鉄器片のみが出土した。京都国立博物館に、この古墳出土と伝える四獣鏡と碧玉製の石釧がある。宝塚市指定史跡。

この古墳は雲雀丘ゴルフ場内にあるため、写真の撮影はできなかった(土日は客が多いため)。

2010-12-05(Sun)

来年の大河ドラマ

来年の大河ドラマの本が本屋で売られていましたので紹介します。





2010-12-03(Fri)

今月の読書

今月の読書はこれです。結構このブログで歴史系のネタ書いているので紹介させてもらいます。

このブログでは主に関西のネタを中心に書いているけど後々関東の方のネタも書いていこうと思っています。

2010-12-02(Thu)

松虫塚

この松虫塚の伝説には、いろいろと伝えられているが、その1つに『後鳥羽上皇(1183~98年)の官女松虫、鈴虫が法然の念仏に発心し、1207年(承元元年)法然が土佐に流されたのちに、松虫がこの地に庵を結び隠棲した所であるとの説(「芦分船」)』。また、『昔、ある人が親友と二人で阿倍野の松原を通ったが、うちの一人が松虫の音に聞きほれ、草むらに分け入ったまま帰らないため、捜しに行くと友人は草のしとねで死んでいたので、泣く泣く友人を葬ったのが松虫塚であるとする説(謡曲「松虫」)』や、ほかにいくつかの伝説が残っている。
所在地:大阪市阿倍野区松虫通1丁目11-5
最寄駅:市バス「東天下茶屋」下車、松虫通り西へ、約100M
写真は後日UPします。

2010-12-02(Thu)

播磨塚・小野塚

住宅地の一角にある播磨塚と小野塚。この両塚はもともと別個のもので、以前は現在地に近い西北の畑の中にあったが、1929年(昭和4年)に道路となったため、現在の場所に移されている。現地の解説板(「阿倍野区史跡顕彰会」)によると、「播磨塚」は、南北朝の頃、住吉の合戦で南朝の忠臣楠正行と戦って敗れた播磨の太守、赤松円心の子貞範が、戦死した将兵の遺骨を納めて塚を築き、播磨塚と名付け部下の冥福を祈ったと伝えられている。また、「小町塚」は、古書「芦分船」には、小野小町の塚であると説明しているが、小野小町がこの地で死んだという記録はなく、小野小町の美貌や才能にあやかりたいとの念願から、信仰などの目的のため造られたものと思われる。
所在地:大阪市阿倍野王子町4丁目
最寄駅:市バス「北畠公園前」下車、阿倍野筋を南へ、約200M左手
写真は後日。

2010-12-01(Wed)

今日から師走

今日から師走ですね。また写真をいくつか撮影してきてUPしますので楽しみにしておいてください。
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かずぼんです。大阪並びに近畿一円の口コミ情報を提供していきたいと思います。

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