2010-05-31(Mon)

ネットバンクを利用しよう

ネットバンクに口座を開くと結構便利ですよね。僕自身は楽天銀行(旧イーバンク銀行)に口座を持っています(大した金額入っていませんが)。こういう口座を持ってたら通帳記入にいかなくてもいいので便利ですよね。それにネット環境さえ整っていれば、外出先彼でも見れるからね。
ただし、銀行によっては「何万円以上入ってないと講座維持手数料を徴収する」という銀行もありますが。そういった点をよくよく考えて利用すると結構便利ですよ。副業をする場合にも結構役立ってますし。







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2010-05-31(Mon)

あじさい

アジサイの花が咲き始めています。写真UPします。
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2010-05-30(Sun)

最近暑くなり始めましたね。

最近本格的に暑くなりはじめましたね。先週1時期暑くなったけど、また涼しくなりそして本格的に暑くなり始めましたね。

もう少ししたらショウブの花が咲くと思うので写真UPします。

2010-05-23(Sun)

阪急石橋駅の近所にあるバラ園

阪急石橋駅の近所にきれいなバラ園があるのをご存知でしょうか。このバラ園は公園の中にあるのではなく個人の敷地内にあるバラ園なんですよ。5月のバラのきれいな季節に開放されています。あくまでも個人の所有地なのでマナーは守ってください。

開放時期:5月中頃~末頃
開放時間:9時頃から5時過ぎ頃(曜日や天気によって多少変更される場合もあるそうです)
住所:大阪府池田市石橋3丁目
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2010-05-23(Sun)

中ノ島にあるバラ園

大阪北区の中ノ島公園内にバラ園があるのをご存知ですか。先日中之島公園に行ったらめちゃくちゃきれいに整備されていました。まだ咲いてなかったけどたくさんのバラがあるので咲いたらすごくきれいですよ。もう少ししたらバラの季節ですので皆さん、ぜひ見に行ってみてください。
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2010-05-23(Sun)

昨日は結構暑いでしたね

最近めちゃくちゃ暑くなってきましたね。今日は雨の関係で余り暑くなかったけど。
そこで夏用の商品の紹介をさせていただきます。















2010-05-23(Sun)

要らない本を処分しよう

詠まなくなった本について皆さんはどうしていますか。ちり紙交換に出すの穂方法ですが、古本屋さんに売りに行く方が得ですよ。

ユーブック







2010-05-19(Wed)

ばらぞの橋

大阪市北区中ノ島にバラ園があることを皆さんはご存知ですよね。そこにばらぞの橋という橋があることをご存知ですか。中ノ島のバラ園に似合うよう、石張のコンクリートアーチや高欄・照明に、景観への配慮がされています。
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2010-05-18(Tue)

最近の天気

最近昼間はすごく暑いですね。朝は少し涼しいけど。それで夏らしい気候ということで。







僕の運営しているネットショップ「かずぼんの生活雑貨商店」にも夏物の商品をUPしています。

2010-05-18(Tue)

アジサイ

アジサイの鉢植えを置いている家があったので写真UPします。
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2010-05-18(Tue)

ホタルブクロ

ホタルブクロの花が咲き始めています。写真UPします。
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2010-05-18(Tue)

バラ

バラの花が家の近所で咲いてたので写真UPします。
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2010-05-18(Tue)

法楽寺

法楽寺は、大阪市東住吉区山坂にある真言宗泉涌寺派の大本山。山号は紫金山、院号は小松院と称する。通称として「たなべのお不動さん」とも。毎月28日が不動明王の縁日で、多くの参詣者で賑わいを見せている。
○境内・施設
本堂(不動明王・如意輪観世音菩薩・歓喜天を祀る)
大師堂(弘法大師・真言八祖絵像を祀る)
三重塔
水掛不動尊
鐘楼
リーヴスギャラリー小坂奇石記念館
クスノキ(大阪府指定天然記念物・樹齢推定800年)
○沿革
源平の戦乱で戦死した平家と源氏の霊を怨親平等に弔うために、源義朝の念持仏であった如意輪観世音菩薩を安置し、壮麗な伽藍が営まれたことが起源とされる。山号の紫金山は、治承2年(1178年)、仏教の信仰に篤かった平重盛が宋の禅師・育王山佛照の高徳を聞き、黄金3000両を献上し結縁を求めた。佛照は重盛の仏法への志に感嘆し、育王山伝来の紫金の佛舎利二顆を贈られたことに由来する。また、院号の小松院は、平重盛の別称が小松府と称されているからである。元亀2年(1571年)、織田信長軍の侵攻による兵火で伽藍は灰燼に帰した。正徳元年(1711年)から本格的に復興を開始し、堂塔は大和国・宇陀松山藩織田氏殿舎が移築され、現在に至るまで山門・本堂に残されている。

○年中行事
1月 1~3日 初詣(歳旦吉祥護摩供)
1月28日 たなべ不動尊大祭(大般若転読会・柴灯大護摩供)
2月1~7日 節分(厄除星祭)
3月彼岸中日 春期彼岸会
4月 上旬 四国八十八ヶ所巡拝
5月28日 たなべ不動尊大祭
8月15日 盂蘭盆会(うらぼんえ)
8月18日 大施餓鬼会
8月23日 地蔵盆
9月彼岸中日 秋期彼岸会
9月28日 たなべ不動尊大祭
10月21日 四国八十八ヶ所お砂踏み
11月 上旬 不動講講演会
12月31日 除夜の鐘
○毎月
弘法大師縁日(毎月21日)
写経12時~・勤行14時~・法話15時~
たなべ不動尊縁日(毎月28日)
不動尊護摩供 10時・14時の2回
○所在地
大阪府大阪市東住吉区山坂1-18-30

○交通アクセス
JR西日本阪和線南田辺駅から徒歩すぐ
大阪市営地下鉄谷町線田辺駅から徒歩すぐ
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2010-05-18(Tue)

堀川戎神社

堀川戎神社は、大阪市北区にある神社である。大阪市内および近畿一円では、大阪市内南部の今宮戎神社および兵庫県の西宮戎神社などと共に商売繁盛の神様として知られている。「堀川のえべっさん」として知られ、毎年1月9日から11日にかけて十日戎(とおかえびす)が開催される。
○祭神
蛭児大神(蛭子大神)を主祭神とし、少彦名命・天太玉命を配祀する。
○由緒
社伝によれば、欽明天皇の時代、止美連吉雄が蛭子大神の神託により堀江で玉を得、それを神体として富島に蛭子大神を祀ったのに始まる。当時は瓊見社(たまみのやしろ)・止美社(とみのやしろ)と呼ばれていた。白雉2年(651年)に少彦名命(淡島明神)、大宝3年(703年)に天太玉命を配祀した。
平治元年(1159年)、平治の乱を避けて丹波国何鹿郡山家に遷座した。文和年間に現在地に遷座し、以降、堀川戎社と呼ばれるようになった。明治40年(1907年)、近隣の神社を合祀して「堀川神社」に改称し、村社に列格した。昭和20年に戦災で全ての建物を焼失し、昭和38年(1963年)に本殿が再建された。
○堀川戎の十日戎の起源
江戸時代中ごろより祭礼が盛り上がり、 ミナミの今宮えびすとキタの堀川えびす が大阪の十日えびすを代表するようになる。 また今宮戎、西宮戎と並び、「三大戎」に数えられる。
○祭事
1月9日~11日:十日戎宝の市神事
4月20日:春大祭
11月20日:例祭
○地車稲荷
榎木神社は、堀川戎神社の境内社である。本殿は地車(だんじり)の形をしており、地車稲荷の通称で知られる。木の神・句句廼知神と稲荷神・宇賀御魂神を祀る。元は天満堀川の堀止めに側に榎があり、その根元に木の神・句句廼知神を祀る祠があった。天保10年(1839年)、その地に本殿・拝殿を造営して正式に榎木神社を創建し、堀川戎神社末社の稲生神社の分霊を合祀した。明治40年に神社合祀により堀川戎神社と合併して同社境内に遷座し、11尺×7尺の大地車を本殿として祀った。昭和20年に戦災で焼失し、昭和33年、現在地に地車型の本殿を再建した。かつての榎の大木の根元には吉兵衛という老狸が住んでおり、毎夜、決まった時間に地車囃子の真似をしていたと伝えられる。本殿が地車型なのはそのためである。地車稲荷の神使は狐ではなく狸である。願い事が叶うとその夜に地車囃子が聞こえるとされ、願いが叶ったお礼として地車の模型や絵馬を奉納する習わしとなっている。
○交通
最寄駅:大阪市営地下鉄堺筋線・谷町線南森町駅、JR東西線大阪天満宮駅
○所在地
大阪府大阪市北区西天満5丁目4-17
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2010-05-18(Tue)

綱敷天神社

綱敷天神社は、大阪市北区にある神社。別名「喜多埜天神(キタのてんじん)」と呼ばれ、梅田キタの氏神さまと慕われている。 また、大阪市北区茶屋町にある綱敷天神社 御旅社(おたびしゃ)(御旅所(おたびしょ)とも言われているが、こちらは通称)があり、角田町には境外社の歯神社(はじんじゃ)がある。
○由緒
創建は平安時代、この梅田の地に嵯峨天皇御行幸あそばされた御縁より、皇子の源融公が天皇崩御ののち御追悼のあまりと縁のこの梅田の地に七堂伽藍を興し、太融寺を創建される。そして嵯峨天皇をお祀りするお社として「神野太神宮」を併せて創建される。後に菅原道真公が無実の罪で太宰府へと御左遷の折、この梅田の地に着かれたところ、一本の紅梅が今を盛りと咲き匂っており、しばしこの梅をご覧になられる為、船の艫綱(ともづな)をたぐりよせ、即席の座席とされた事が「綱敷(つなしき)」の名の由来となる。(網敷は間違い) この時、地元の者より「ゆりわ」なる器に団子を盛りて道真公にすすめられたところ、道真公大いに喜ばれ、今も大事な神事の折にはこの「ゆりわ」に団子を盛りてお供えされている。 また、追従の老臣、度會春彦の孫、春茂以下六名の者を集めさせ、この地に留まるように伝えられる。道真公と離れられる事はつらい事なれど、公直々の御言葉なればお帰りをいつまでもこの地にて待つとして、道真公より白江の名を頂戴し、道真公と別れられる。その後、道真公、太宰府の地にて御昇神あそばされしも、一族、公の愛でられた紅梅の元に小祠を営み梅塚と称して道真公の御霊をお祀りする。正暦4年に道真公の無実の罪が解かれ朝廷より正一位太政大臣を御追贈された折、この小詞と嵯峨天皇をお祀りした「神野太神宮」と併せてお祀りする為に御社殿を建立。今に至るまでその春茂の子孫、白江家は神職として綱敷天神社に御奉仕されておられる。

○祭神
嵯峨天皇(御本社本殿)
菅原道真公(御本社本殿、御旅所本殿)
宇迦之御魂大神(御本社喜多埜稲荷神社、御旅所玉姫稲荷神社、歯神社)
白龍大神(御本社白龍社)
猿田彦大神(御本社白龍社)
○祭事
1月1日 歳旦祭
1月2日 筆始祭
1月3日 元始祭
1月7日 若菜祭
1月15日 御粥祭(とんど祭)
2月3日 節分祭
2月11日 紀元祭
2月15日 祈年祭
2月25日 梅花祭
5月5日 玉姫稲荷神社例祭
5月15日 喜多埜稲荷神社、白龍社例祭
6月4日 歯神社例祭(歯ブラシ感謝祭)
6月25日 御誕辰祭
6月30日 夏越大祓
7月7日 七夕祭(御旅所)
7月15日 例祭
10月15日 秋祭(菊花祭)
11月3日 文化祭
11月23日 新嘗祭(勤労感謝祭)
12月31日 年越大祓、除夜祭
○本社境内末社
喜多埜稲荷神社
白龍社
○境外末社
歯神社
祭神:宇迦之御魂大神(お稲荷さん)
創建:不明
住所:大阪市北区角田町2番8号
○御旅所
綱敷天神社御旅所(梅塚天神)
祭神:菅原道真公
創建:西暦901年(正暦4年)
境内末社:玉姫稲荷神社
住所:大阪市北区茶屋町12番5号
○御旅所境内末社
玉姫稲荷神社
○年表
822年(弘仁13年):<嵯峨天皇兎餓野に御行幸>
843年(承和10年):<源融嵯峨天皇の御廟として神野太神宮を創建>
901年(延喜元年)正月25日:<菅原道真公左遷。その途中、喜多埜の地(のちの梅田、キタ)に立ち寄られ紅梅を観梅。その際に船の艫綱を敷いてご覧になる。これが綱敷の名の由来。その観梅跡を梅塚と称し、従臣、白太夫の孫、春茂ら六人が小祠を祀り、梅塚天満宮と称す。>
993年(正暦4年):<菅原道真公に正一位太政大臣を追贈。この時、菅公の御神霊を勧請し、神野太神宮の地に社殿を建立。併せて嵯峨天皇を合祀し、北野(喜多埜)天神と称する。>
1340年(暦応年間):<南北朝の戦乱に羅災。社殿神宝等焼失する。>
1461年(寛正2年):<当地に一夜にして七本の松が生い出、太融寺の僧、これを京へ告げるに、菅公の御霊験とし、北野天満宮より勅旨を賜り、社殿を再建する。>
1739年(元文4年):<宮座作法規矩制定。白太夫から続く白江家の祠職の筆頭を宗家とする旨が記載され、宮座としての制度が整う。>
1871年(明治4年):<上知令施行により、常安寺と号していた御旅所が破却され、御神霊は才田の地(現在の西天満6丁目付近)に一時的に遷座する。>
1872年(明治5年):<茶屋町の住人より、町の氏神さまとして綱敷天神社御旅所の御神霊をお迎えしたいと敷地の寄進があり、梅田、茶屋町に御旅所を遷す。>
1945年(昭和20年)6月1日:<大阪大空襲により、社殿その他一切を全焼する。かろうじて御神宝の綱と御影は難を逃れる。>
1956年(昭和31年)7月15日:<戦災より御社殿の復興成る。>
○所在地
大阪府大阪市北区神山町9-11
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2010-05-14(Fri)

鵲森宮

鵲森宮は、大阪府大阪市中央区にある神社である。式内社で、旧社格は県社。通称を森之宮神社といい、周辺の地名である森之宮の由来となっている。
○祭神
聖徳太子の両親である用明天皇・穴穂部間人皇后、および聖徳太子を主祭神として本社に祀り、奧社に天照大神・月読命・素盞嗚命を祀る。
○歴史
聖徳太子は物部守屋との戦いの戦勝を祈願し、勝った暁には四天王を祀ることを誓った。戦勝後の崇峻天皇2年(589年)7月、まず両親を現在地に祀って寺の鎮守とし、その森に四天王を祀る寺(元四天王寺)を創建した。四天王寺はその25年後に現在の荒陵山に移転したが、当社はそのままとされた。『日本書紀』の推古天皇6年夏4月に、聖徳太子の命により新羅へ渡った吉士盤金(きしのいわかね)が2羽の鵲を持ち帰り、難波の杜で飼ったという記述がある。その「難波の杜」は当社の森であるとされることから「鵲の森」と呼ばれるようになり、ついには当社の社名となったと伝える(「難波の杜」は、他に生國魂神社なども比定地となっている)。

○境内社
五幸稲荷社

大阪府大阪市中央区森之宮中央一丁目14-4
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2010-05-14(Fri)

玉造稲荷神社

玉造稲荷神社は、大阪市中央区にある神社である。旧社格は府社。宇迦之御魂大神(稲荷神)を主祭神とし、下照姫命、稚日女命、月読命、軻偶突智命を配祀する。
○歴史
社伝によれば垂仁天皇18年(紀元前12年)に創建され、当時は比売社と称していた。蘇我氏と物部氏の戦いの際、蘇我氏方の聖徳太子がこの地に布陣して戦勝を祈願し、戦勝後当地に観音堂を建てたという伝承がある。戦国時代の戦火により荒廃し、慶長8年(1603年)に豊臣秀頼により社殿が再建された。元和元年の大坂夏の陣で社殿は再び焼失し、元和5年に徳川幕府の大坂城代や氏子らの寄進によって再建された。社地は元々は急崖に面していたため、少しでも平坦化するために、寛政元年(1789年)、東横堀川の浚渫で出た土砂を町人らが運び込む「砂持」が行われた。豊臣・徳川時代を通して大坂城の鎮守とされ、豊津稲荷社と称した。江戸時代には伊勢参りの出発点とされた。現在の「玉造」の社名は鎮座地の地名によるもので、一帯は古代、勾玉などを作っていた玉造部の居住地であったという伝承がある。昭和61年(1986年)、創祀二千年を記念して境内に難波・玉造資料館が開館した。現在の社殿は昭和29年(1954年)に造営されたものである。

○境内
厳嶋神社(市杵嶋姫神) -- 現在地の池(白龍池)に白龍観音が出現したことにより弁才天を祀ったもので、神仏分離により祭神を市杵嶋姫神とした。雨乞いの神として信仰される。
万慶稲荷神社(宇迦之御魂大神) -- 大坂城内の各地に祀られていた当社の分霊を、享保年間に一社に合祀し当社境内に祀ったものである。
新山稲荷神社(宇迦之御魂大神) -- 寛政11年(1799年)、当時の大坂城代・松平輝和が城代屋敷内に当社の分霊を祀ったものである。明治40年(1907年)、当社境内に遷座された。新山稲荷は現在の大阪府立清水谷高等学校敷地内に在った。玉造稲荷創祀二千年の平成元年に分社・東雲稲荷神社として旧境内地付近(中央区上町1丁目)に再び遷座されている。
胞衣塚大明神 -- 豊臣秀頼の胞衣を祀る。当初は大坂城三の丸に当たる現在地に胞衣が埋められ、その後は豊臣家を慕う当地の人々により密かに祀られていた。昭和20年、戦災により焼失し、寺山町(現 上町一丁目)、東阪町(現 玉造一丁目)に遷座していた。昭和58年(1983年)、大坂築城400年を記念して元の鎮座地に遷座された。子供の夜泣きに霊験ありとされる。
豊臣家奉納鳥居 -- 慶長8年、豊臣秀頼により社殿再建時に奉納された石鳥居。阪神・淡路大震災により下半分が壊れ、現在は上半分が境内に置かれている。

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2010-05-10(Mon)

クレマチスの花

クレマチスの花が咲いていたので写真UPします。
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2010-05-10(Mon)

サクランボ

サクランボの実が出来ているのを見つけました。ソメイヨシノの貴にはサクランボはできないそうです。
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2010-05-08(Sat)

ミスタードーナツ日本1号店

今現在日本国内に1300店舗以上の店をかまえるミスタードーナツの日本1号店って何処にあるか知ってますか。実は箕面市内にあるんですよ。「ミスタードーナツ箕面ショップ(大阪府箕面市箕面6丁目1番30)」が1号店なんですよ。1971年4月にダイエーの店舗内に出来たそうです(今はダイエー箕面店がなくなったので若干オープン当初と場所が変ったらしい)。オープン投書は24時間営業だったらしい。箕面ショップの看板にある「0001」という数字は1号店を表しているそうです。

大阪府箕面市箕面6丁目1番30
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2010-05-06(Thu)

整理整頓をしよう

過去にも書いたと思うけど、整理整頓をきっちりすることは大切だと思う。整理整頓のポイントをここで書かせてもらいます。
①いらないものはすぐに処分する。
日常生活を送っていると必ずいらないものが出てきます。使うものと絶対に使わないものに分けて、不要なものはすぐに処分していきましょう。ボールペンでも定期的にインクの出ないものは処分していきましょう(すぐに捨てないとたまりにたまって大変なことになる)。本や雑誌に関しても、「以前読んだのはいつか」「今後詠む予定はあるのか」をきっちりと考えておこう。過去に数回しか詠んでいない本で、今後詠まないような本や雑誌もすぐに処分しよう。
②必ず決められた場所に戻す
使い終わった道具は元の場所にすぐ戻そう。そうしないと、次に使う時に「何処においたかな」といって探すのに時間が掛かる。
③気がついたらすぐに行動
気がついたらすぐに行動する習慣は大切だ。後回しにしようと思っていたら永遠にしないことになる。築いた時にすぐやろう


これ以外にもあるけどキリがないからこの程度にしておこうとおもう。

2010-05-05(Wed)

新緑

新緑
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2010-05-01(Sat)

原田城

○概要
原田城は原田村を中心に活躍していた土豪原田氏の居城で、小規模な「城館」となっている。摂津国では富松城、吹田城、鷹尾城、安威城と安威砦、山下城、野田城 (摂津国)(福島城)など2ヵ所1城とする城が多く見られるが、原田城も「北城」と「南城」の2つの城が成り立っている点も特徴として挙げられる。原田城跡は1987年(昭和62年)に豊中市指定史跡に指定された。また2007年(平成19年)12月5日に国の登録有形文化財に指定された「旧羽室家住宅」の庭園の一部に原田城の土塁跡があり、築山として利用されている。
○沿革
原田城の創建年代については永らく不明であった。1998年(平成10年)発行の『豊中市史 第9巻』では「北城は15世紀ごろに築かれ、16世紀後半まで存在していた」とされていた。北城は新しく戦闘用の城、南城は古く居館的役割なのではないかとしていた。しかし、その後2009年(平成21年)発行の『豊中市史 第1巻』によると、「発掘成果によれば、南城が築かれたのは北城よりも遅い十六世紀後半であることがわかった。北城については十四世紀ごろからの遺構が確認でき、このころから築城されはじめたと推測される」としている。原田城は数次に渡り発掘調査が実施されており、それらと比較して築城時が明確になった。『師郷記』によると1344年(南朝:興国5年、北朝:康永3年)に、六車郷付近に原田兄弟が国人として働いているとの記載があることから、原田氏は14世紀中ごろから有力者として実在し、原田城を拠点としていた。その後原田氏は摂津国守護である細川氏の家臣団に組み込まれていく。その後天文16年(1547年)2月20日、原田城は細川晴元軍3万兵の猛攻をうけ、陥落、開城した。『摂津志』によると、この時城主となっていたのが三好長逸ではないかとしているが、『日本城郭大系』では「当時の城主はわからない」としている。
この猛攻で北城は廃城し一旦荒廃していったと推察されている。発掘調査で南城が16世紀の後半に掘削されていることから、原田氏は以降南城を中心に活動していたとみられる。有岡城の戦いでは、原田城に古田重然や中川清秀ら織田信長軍が伊丹城の攻城戦の砦として活用したらしく、1994年(平成6年)の発掘調査から一旦廃城になっていた北城を復興させ、大改修が行われた事が明らかとなった。廃城は慶長年間で、原田氏の多くは豊後国岡城に移っていき、北城、南城とも荒廃し、現地には土塁と堀跡だけが残された。
○城郭
原田城は、豊中台地の南西部の丘陵にあり、平野を一望できる位置に立地する。北城は南北140m、東西120mあり、[ヨ]字状に外堀が巡らされている。有岡城の戦い時には幅15m、深さ5mの内堀があり、大規模な改修を行い守りを固めた。主郭の内側には1.5m-2.8m、幅5-10mの土塁が現在も残っているほか、東と南側にも土塁の痕跡が確認できる。また発掘調査からは、礎石痕や柱穴が確認できており、土豪の居館にふさわしい屋敷が建てられていた可能性がある。また3度にわたる焼土層が確認できていることから、火災にあった事が考えられる。
○原田村と誓願寺
北城と南城の東側に原田村が位置している。原田村の中心地に誓願寺がある。誓願寺は浄土真宗の寺院で1501年(文亀元年)に地元衆によって創立されたと伝えられている。天文の錯乱の時に細川晴元軍と本願寺軍は争乱となったが、原田城は本願寺軍の一部として戦ったことから、本願寺と原田城との関係は深いと考えられている。『豊中市史』によると「誓願寺と村との結びつきは早くから密接なものがあったと推察している。憶測すれば、原田村は誓願寺の寺内町として編成されたということも考えられなくはないであろう」としている。また原田村の西側には鍵の手形の道路が多い。このような道路の形状は城下町や寺町の特有のもので、中世の末期に原田村が形成された。原田村自身は以前より存在していたが、現在の形状とは違ったものであった。
○施設情報
原田城及び旧羽室家住宅は豊中教育委員会から委託を受けた、地元自治会が管理・運営を実施し、入場、見学が可能となっている。
毎週土、日曜日
午後12時-午後4時(午後3時30分までに入場)
入場料は無料
小学生未満は保護者同伴

所在地:豊中市曽根西町4-4-15
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2010-05-01(Sat)

原田神社

○歴史
原田神社の社伝によると、桜塚古墳群の故地に4世紀中頃~5世紀末創建されたとされ、古代には素戔嗚尊など五神をまつり祇園神社と称した。また白鳳12年(684年)6月18日に天武天皇が神宝・神鏡・素盞男命御鏡・獅子頭を奉納したことから大宮と称し、皇族や武家より厚く崇敬を受けた。鎌倉時代以降には牛頭天王信仰と習合し、東は豊嶋郡榎坂村(現吹田市江坂)から、西は川辺郡富松村(現尼崎市富松)にわたる摂津国中西部72村の産土(うぶすな)神社となり、「西牧総社」と呼ばれ崇められた。また足利氏、殊に義澄、義晴、義輝の3代からは厚い信仰を受け、神領として西牧六車(むぐるま)の庄(桜塚・原田・曾根・勝部・走井・福井)の寄進をうけている。天正6年(1578年)に荒木村重の兵火にかかり、境内社の十二社殿本殿及び神宝等を除き全焼。仮殿を経て慶安5年(1652年)、現在の本殿が再建された。 もとは祇園社(ぎおんしゃ)とも牛頭天王社(ごずてんのうしゃ)とも呼ばれていたが、貞享2年(1685年)に神祇管領から「原田大明神」の神号を得て現在の社名となった。江戸時代に入ると境内地は狭められていったが、境内地に接した門前町は能勢街道と伊丹街道の結節点としても栄えるようになり、この市街地が現在の岡町の基となった。 明治43年(1910年)に開通したころの阪急電車の写真を見ると神社の中に岡町駅があるように見える。
○文化財
本殿は国指定の重要文化財。摂社十二神社本殿は豊中市指定文化財。

本殿
棟札から慶安5年(1652年)の建立と判明する。全国的にも類例の少ない五間社流造(ごけんしゃながれづくり)の形式をもち、正面に千鳥破風(ちどりはふ)および軒唐破風(のきからはふ)がみられ、屋根は桧皮葺である。 材料工法ともに上質な江戸時代前期の建築で、虹梁(こうりょう)の配置や身舎(もや)とのつなぎ方、妻飾などに配した邪鬼など細部の形式意匠にも特色がある。

摂社十二神社本殿
この社殿は、三間社流造の形式になり、屋根は桧皮葺、桁行4.10m、梁間は身舎部で1.54m、庇部で1.08mの規模をもち、その基本的な構成は本殿と同様となっている。 身舎正面は5対7対5の割合で柱が配置され、格子戸を脇間ははめ殺し、中間は引き違いにたて、正側三面に高欄付の縁がめぐっている。高欄の大部分および縁下などの部材は、建立当時から新しくとりかわっているものの、その他の大部分については当初材が現在も良く保たれており、もと極彩色が施してあった痕跡がいまも僅かに残っている。 建立された時代を明らかにする資料はないが、少なくとも寛永を下ることはなく、17世紀初頭の建築とみられている。 しかし、木鼻の形や虹梁絵様など細部形式には桃山時代の特色を持つ様式もみられ、建立年代が桃山時代まで遡る可能性もある。

石鳥居
この鳥居は、能勢街道に面した原田神社東側正面に建っており、鳥居としてはもっとも類例の多い明神鳥居の形式をとっている。花崗岩製で高さは5.97m(中心)、幅は7.727m(笠石長さ)。向かって右の柱に「貞享五年」、左の柱に「戊辰八年吉日」の銘が刻まれており、このときに建てられたことがわかる。

建立に関する記録として、貞享4年(1687年)、和泉屋甚兵衛が御庄屋中に送った「御鳥居之注文」(原田村野口家文書)が残っており、鳥居用に加工された石材の大きさが一覧で示され、和泉屋が鳥居用の石材代・広芝(現吹田市広芝町)までの運送料・石屋による設置料の合計1貫160目を計上したことが記されている。また御庄屋中は、広芝から原田神社までの運賃と、設置に必要な材木や人件費を負担しており、石材の設計や運搬ルート、設置費用など、江戸時代の鳥居の建立過程を知る上でも貴重な資料となっている。このほかにも鳥居の図面や「鳥居寸法大形覚」などがあり、鳥居とともに多くの記録がそろって残ることは珍しく、当地の人々の原田神社への篤い信仰を裏付けている。

銅鐸
天明元年(1781年)に社地の松の根元より発掘された。弥生時代中期のもので、大阪府の重要美術品に指定されている。この銅鐸は東奈良遺跡(茨木市)出土の銅鐸鋳型から鋳造されたものであることが判明しており、銅鐸の生産地と消費地がつながった唯一の例とされている。

○原田神社獅子神事祭
豊中市の無形民俗文化財に指定されている。天武12年(684年)悪疫退除のため、獅子頭を奉じて天養2年(1145年)まで数百年にわたって各地を回ったと伝えられている。 明治以降、毎年9月26日を御出始式とし、その日申の正刻(午後4時頃)に祭事を行い、9月30日獅子頭を神輿で御旅所(おたびしょ)に遷し、10月1日神社前の舞台で獅子の舞が行われる。 舞には、起舞(たつまい)・臥舞(ねまい)・早舞などがあり、この日は臥舞が行われる。 10月2日から8日まで各氏子地区(12地区)の順に祭が行われる。 10月9日夕刻、境内で行われる宵宮祭は、各氏子地区より持寄られた神輿や氏子達に囲まれ、大松明の燃えさかる炎の中で獅子頭(「おてんさん」と呼ばれている)が様々な舞を舞う。

○主な祭礼
春祭(稚児祭) 3月18日挙行。
水無月大祓 6月30日挙行。
秋祭(獅子神事祭) 10月1~10日挙行。
10月1日 舞初式 午後8時(境内)
10月2日~8日 氏子地区巡祭日
10月9日 宵宮祭 午後7時(境内)
10月10日 本殿祭 午前10時
大祓 12月31日挙行。

○境内社
十二社殿  國常立命等を祀る。
神明社 天照大神を祀る。
小宮 伊邪奈美尊、天児屋根命、應神天皇、菅原道真を祀る。
稲荷社 宇賀御魂神を祀る。
○原田神社の宮寺 瑞輪寺
近くの原田神社の宮寺である瑞輪寺には井原西鶴門下の談林派俳人、水田西吟の墓や、一休禅師の子、岐翁紹偵(ぎおうしょうてい)の墓と伝えられる僧塚がある。

新月の斧にちるらむ華のけふ 水田西吟
爰(ここ)ぞ萬句俳諧名所の桜塚 井原西鶴
西吟は延宝年間の末、岡町に落月庵をもうけ、元禄年間にかけて多くの人々が訪れて俳諧を楽しんだ。
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2010-05-01(Sat)

今月の読書

今日から上海万博ですね。過去に読んだ本で中国に関係のありそうな本を思い出したところこの本があったことを思い出しました。






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