2017-03-27(Mon)

フットテクノビル

旧外国人居留地の西に接する地域に建つ事務所ビルで、帝国生命保険神戸出張所として建設。鉄筋コンクリート造4階建で、栄町通に南面し、西南角に円みをつける。1階は腰花崗石張,上部擬石仕上げ、2階以上は改装されているが、創建時の骨格をよく残す。

構造及び形式等: 鉄筋コンクリート造4階建、建築面積178㎡
年代: 大正10(1921)/昭和24(1949)改修
所有者名: 株式会社フットテクノ
所在地: 兵庫県神戸市中央区元町通5-2-8

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2017-03-27(Mon)

カトリック夙川教会

カトリック夙川教会は兵庫県西宮市にあるキリスト教 カトリック大阪大司教区の教会およびその聖堂。かつて大阪教区の臨時司教座が置かれていた旧司教座聖堂(カテドラル)である。信徒数は教区内で最も多い。
○沿革
1921年-阪神間初のカトリック教会として発足。
1932年-夙川公園の傍にゴシック・リバイバル様式の壮麗な大聖堂(聖テレジア大聖堂)が落成。
1995年-阪神淡路大震災によってパイプオルガンを失う。しかしその後も依然として古楽(バロック音楽)のコンサート会場として名高く、日本テレマン協会(コレギウム・ムジクム・テレマン)の教会音楽シリーズが定期的に催されている。

○建築概要
設計-梅本省三
竣工-1932年
構造-RC造

○所在地
〒662-0052兵庫県西宮市霞町5-40

○交通アクセス
阪急神戸線 夙川駅 徒歩5分
JR神戸線 さくら夙川駅 徒歩10分
阪神本線 香櫨園駅 徒歩15分

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2017-03-19(Sun)

輸出繊維会館

大坂を拠点に数多くの名作を設計した建築家・村野藤吾の技が冴える。といっても、一見すると派手さのないビルらしい外観なので、多くの方が気にせずに通り過ぎてしまうかもしれない。しかし、目を凝らせば、直線的なイタリア産トランバーチンの壁と、きらりと光る角を丸めたステンレスサッシの取り合わせに、レトロ感と未来間が不思議に交じり合っている。西側に張り出した玄関庇や、内部の手すりも繊細な造形。内部の壁画は「万邦交易」を表現している。こうしたアーティストとのコラボレーションも村野のお家芸だ。大坂の繊維輸出業界が生み出した、時代を超越した会館である。

所在地:大阪府大阪市中央区備後町3-4-9
建築年:1960年

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2017-03-19(Sun)

日本生命本店本館

竣工時には現在の約半分の北側部分のみで、南側には旧館(設計:片岡石本建築事務所)があった。戦後、旧館の跡地に増築部分(設計:日建設計)が加えられて、現在の様な1階区を占める建物となった。1938(昭和13)年建築。設計は長谷部竹腰建築事務所、建設中野組である。

所在地:大阪府大阪市中央区今橋3-5-2

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2017-01-23(Mon)

水晶橋

水晶橋は、大阪市の堂島川(旧淀川)に架かる歩行者専用橋。大阪市北区中之島1丁目と北区西天満2丁目の間を結んでいる。本来は河川浄化を目的として 1929年(昭和4年)に『堂島川可動堰』として建設された可動堰で、堂島川の水質改善に大きく貢献した。 1982年(昭和57年)に橋面を改装、法律面でも橋としての手続きがとられ、名実ともに橋となった。
○概要
形式-鉄筋コンクリートアーチ
橋長-72.33m
支間長-12.12m+3@15.15m
幅員-9.09m
着工-1926年(大正15年)6月
完成-1929年(昭和4年)3月
改装-1982年(昭和57年)10月

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水晶橋02

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2016-12-16(Fri)

東阪急ビル


堂山交差点にある東阪急ビルは変形敷地に丸みを帯びた外壁で対応するという考え方で建てられているようです。外装が変わっているように見えるがシルエットは昔のままで、ちゃんと角のガラスも丸くしてある辺り芸が細かい。1階部分に茶色い釉薬タイルが残っている。実は1960年代くらいまでのタイルは1枚1枚手作り感のあるよいものだ。

建築年:1966年
設計建築:竹中工務店
所在地:大阪府大阪市北区角田1-1

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2016-12-16(Fri)

桜宮橋

桜宮橋とは、大阪市の大川に架けられた国道1号の橋。大阪市北区天満橋1丁目と都島区中野町1丁目を結ぶ。銀色の橋であることから「銀橋」と呼ばれており、こちらの名称の方が有名となっている。設計は武田五一。付近は大川沿いに桜之宮公園が広がる。なお、国道1号の拡張および銀橋の補修工事のために、北側に新桜宮橋(新銀橋)が建設された。新銀橋は安藤忠雄の設計で、既存の銀橋に合わせたデザインとなっている。
○概要
桜宮橋が西行き3車線、新桜宮橋が東行き3車線となっている。あわせて計画幅員40 mであり、歩道は上下線ともに8.25 mずつ確保されている。

○桜宮橋
現在の橋は大阪市の第一次都市計画事業に基づいて建設され、1930年(昭和5年)に完成した。この場所は元々軟弱地盤であり、ある程度の不等沈下を見すえて「3ヒンジアーチ」とよばれる構造を採択している。アーチ部の基礎に長さ20 m、径40 cmの鉄筋コンクリート製のペデスタル杭が片橋台あたり約200本打ち込まれている。さらに施工前には支持力を確認する実験まで行われた。 それでも建設から相当な年月がたち、十数センチメートル程度の不等沈下が起き、支間が数十センチメートル程度広がったため、一度、基礎の大規模な補修が行われている。
形式:鋼アーチ(3ヒンジアーチ)
橋長:108 m
幅員:22 m

○新桜宮橋
新桜宮橋は2006年12月18日に開通。旧橋よりも橋長(アーチスパン)が長く、桜宮橋とデザインを合わせるため、アーチ高さを同等とした関係でアーチライズ比(高さ/長さの比)が小さくなっている。構造上、ボルト締結ができないため、全断面溶接構造となっている。現場溶接するために溶接箇所の周囲に風防を付けるなど、品質確保に細心の注意を払って施工された。
形式はローゼ橋となっている。
形式:鋼アーチ(単純ローゼ桁)
橋長:150 m

桜ノ宮橋の南西角にはレンガ造りの下の公園に下りるための階段室があります。

○交通
大阪市営バス・近鉄バス「桜の宮橋」バス停
JR東西線大阪城北詰駅

○所在地
大阪市北区天満橋1丁目-都島区中野町1丁目間


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2016-12-16(Fri)

大阪市公館

旧大阪市公館は、大阪市都島区網島町に所在する建築物。毛馬桜之宮公園の南端に近い、旧淀川(大川)左岸・寝屋川との合流地点付近に位置する。元々は迎賓館として利用され、なにわ迎賓館とも呼ばれていたが、2014年11月以降は株式会社Plan・Do・Seeに貸与し、レストラン・ブライダル施設「ザ・ガーデンオリエンタル大阪」として営業している。
○概要
大阪市公館本館は、1959年(昭和34年)秋に第5回日米市長及び商工会議所会頭会議が大阪で開催されるのを機に迎賓館、大阪市長公館として竹腰健造の設計で建造された。2階は市長執務室、応接室など。建設当初、敷地は本館周辺と芝生の庭園がある東庭のみだったが、後に日本万国博覧会(大阪万博)が開催された1970年(昭和45年)に西側に拡張されて西庭が整備される。東庭の茶室「二水亭」の両側には小川が流れているが、茶室のある場所を、市役所のある中之島、両側の小川を堂島川と土佐堀川、そして小川が注ぐ池を大阪湾と見立てた趣向となっている。「二水亭」という名はそれに由来し、当時の中井光次市長が命名した。元々、ここには実業家藤田伝三郎男爵の広大な屋敷「網島御殿」があったが、伝三郎の死後、土地や建物は子息たちに分割された。そのうちの西邸を含む南部は伝三郎の三男である彦三郎に譲られたが、1943年(昭和18年)には大阪市の所有となり、西邸は市立実業会館として使用される事となった。しかし、1945年(昭和20年)6月7日の第3回大阪大空襲によって全焼し、それ以後一帯は放置されていた。大阪市長公館は、2007年(平成19年)4月に大阪市公館へと名称が変わり、さらに橋下徹市長の就任後、自治体の外交戦略は大阪府が中心に担うべきだとする方針のもと、2014年(平成26年)3月末で閉館した。そして大阪市は土地・建物を民間業者に貸与し、上手に活用してもらおうと公募を行った結果、同年11月にレストラン、会議、宴会や結婚式場を伴うレストラン・ブライダル施設「ザ・ガーデンオリエンタル大阪」として新たに活用されることとなった。

○所在地
大阪市都島区網島町10-35

○交通
JR東西線大阪城北詰駅徒歩約1分
地下鉄長堀鶴見緑地線京橋駅徒歩約7分
京阪本線京橋駅(片町口)徒歩約7分

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2016-12-02(Fri)

奈良少年刑務所

奈良少年刑務所は、法務省矯正局の大阪矯正管区に属する刑務所。全国7箇所の少年刑務所の一つ。下部機関として葛城拘置支所を持つ。前身は奈良監獄で、当時明治41年(1908年)に竣工した山下啓次郎設計による建築物が現存する。平成28年度末での廃庁(閉鎖)が決まった。建物は保存・活用される方向。

○所在地
奈良県奈良市般若寺町18
JR奈良駅・近鉄奈良駅からバスで「般若寺」バス停下車徒歩約3分

○収容分類級
本刑務所の収容分類級は以下の通り。
JA級
YA級
近年では、性犯罪者の更生プログラム実施施設。その実施に伴い、少年受刑者・若年受刑者問わず、20代後半~高齢者まで収容。プログラム終了者は随時、元収容施設にて刑期を務める。

○収容定員
702人(平成20年には752人の受刑者を収容)。

○組織
所長の下に2部1課を持つ3部課制である。
総務部(庶務課、会計課、用度課)
処遇部(処遇担当、企画担当)
医務課

○職業訓練
職業訓練のうち、総合訓練を行う総合訓練施設(全国に8施設)の一つに指定されており、総合訓練として、板金科、溶接科、配管科、クリーニング科、機械科、電気工事科、建築科、工芸科、ホームヘルパー科、印刷科、左官科、理容科、短期理容科、情報処理科、農業園芸科、ビルハウスクリーニング科の16種目を実施している。職業訓練を行う施設として、奈良少年刑務所は修了証書を授与する場合その他必要があれば若草技能訓練所の名称を用いることができる。

○建築・設備
煉瓦造りの外塀、正門(表門と称する)が特徴。内部の建物もその大半が100年以上にわたって使用されている煉瓦建築である。武道館に相当する建物等は新規に改築されている。一部には戦後、旧陸軍の建物を移築した施設もある。山下啓次郎(司法省営繕課)が設計。千里久春吉の名前も設計者の一人としてあがっている。日本政府は奈良監獄を監獄近代化・西洋化の歩みの到達点とし、1910年(明治43年)にロンドンで開かれた日英博覧会に模型を出展した。現在も竣工時の様態がよく残り、日本の近代化の一側面を示す遺構として貴重である。

○建物保存への要望
2014年10月、奈良少年刑務所の建物の重要文化財指定と保存を求める団体「近代の名建築 奈良少年刑務所を宝に思う会」が発足した。会長は設計者山下啓次郎の孫である山下洋輔。
2015年6月、日本建築学会が「奈良少年刑務所の保存活用に関する要望書」を出した。
2016年5月、奈良少年刑務所の立地する地元自治会が、刑務所建物の重要文化財指定と保存を求める要望書を出した。
2016年6月、奈良県議会が「奈良少年刑務所の洋風建造物を重要文化財に指定し存続することを求める意見書」を可決した。
2016年10月、文化審議会が「旧奈良監獄」という名称で建造物19棟と土地を重要文化財に指定するよう答申した。官報告示を経て正式指定となる。

○その他
名称に「少年」とあるが収容者の大半は20代前半であり、10代の者は数えるほどしかいない。犯罪傾向が進んでおらず年齢が若いなど、更生の見込みが大きいと考えられる者を中心に収容しており、伝統的に矯正指導が盛んとなっている。毎年9月に「矯正展」という一般公開行事を開催している。指導内容の紹介、受刑者の絵画や文芸等の作品紹介、本館前の広場を中心とした物販などのほか、さらに奥に入って施設を見学するツアーも行われている。

○沿革
1613年(慶長18年)奈良奉行所(幕府直轄)開設。奉行所北側の北魚屋西町(現在の奈良女子大学敷地)と花芝町に牢屋敷。 
1871年(明治4年)一部が西笹鉾町の奈良代官所跡地に移転、奈良監獄署となる。
1876年(明治9年)県の合併に伴い堺県の奈良監獄分署となる。
1881年(明治14年)県の合併に伴い大阪府の奈良監獄分署となる。
1887年(明治20年)奈良県再設置に伴い奈良監獄署となる。
1901年(明治34年)現在地への移転着工。
1908年(明治41年)7月現在の施設が竣工(工事総額30万円)。
1909年(明治42年)3月現在地に正式移転。
1922年(大正11年)10月奈良刑務所と改称。
1946年(昭和21年)7月奈良少年刑務所と改称。
2008年(平成20年)9月100周年記念矯正展開催。山下洋輔がライブを行った。
2016年(平成28年)7月年度末での廃庁が決定。建物は保存・活用の方向。

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2016-12-02(Fri)

京都タワー

京都タワーは、京都府京都市下京区にある塔である。京阪グループの京阪ホテルズ&リゾーツ株式会社が運営している。

○概要
京都駅烏丸中央口前に大きく聳え立っている。台座となっている京都タワービルを含めた高さは131mあり、京都市内では最も高い建造物である。1953年、京都駅北側の土地に建っていた京都中央郵便局が移転することが決まり、移転後の跡地の活用が検討されていた。またこの土地は国際文化観光都市たる京都の表玄関、京都駅の真正面に当たる物であり、それに相応しくまた公共性に富む土地活用が求められていた。京都商工会議所主催の懇談会で株式会社物産観光センター(のちに株式会社京都産業観光センター)の設立が決まり、翌1959年4月11日、創立した。当初は屋上に展望台などを作る程度は検討されていたものの、巨大なタワーを建てる事は想定していなかった。だが検討の結果、建物の内部にあまり影響を与えずにタワーを建築出来る事が判明し、山田守(建築家)の設計管理および京都大学工学部建築学教室棚橋諒教授の構造設計により建造されることとなった。この際、単なる鉄骨による無骨なタワーでは京都の表玄関には相応しくないとして、白い円筒状の優雅なデザインが採用された[6]。建築には日本で初めて、炭酸ガス半自動溶接機が大々的に使用されたという。1963年2月7日の地鎮祭後、建物は1963年8月13日に立柱式、1964年8月31日に開館。タワーは1964年2月3日に立柱式、12月28日の開業であった。その構造は、鉄骨を一切使わず、厚さ 12mm-22mm の特殊鋼板シリンダーを溶接で繋ぎ合わせ、円筒型の塔身を作ったもの(モノコック構造)となっており、タワー外部に仮設タワーとクレーンを設け引き上げを行った。工期は約1年10カ月、総工費は38億6400万円であった。タワーの姿は、市内の町家の瓦葺きを波に見立て、海のない京都の街を照らす灯台をイメージしたものである。タワー上部の展望台からは、京都市内および周辺のほか天気の良い日には大阪市街を望むこともできる。台座のビルにはホテルや名店街が入居するほか、地下3階には朝7時から営業している公衆浴場がある。また、展望台や名店街ではタワーに関するグッズなどの販売も行われている。開業40周年を機に作成されたマスコットキャラクターが、2004年12月たわわちゃんとして正式に誕生。2014年の開業50周年に向けたエレベーター改修工事や外壁の塗り直しのため、2012年12月2日の営業を最後に展望室や台座のビルにあるレストランなどが2013年3月まで休業し、4月1日からリニューアルオープンしている。なお、このリニューアルを機に、レストランは喫茶・軽食も提供するラウンジに営業形態を変更した。なお工事期間中も、ホテルや土産店の営業は続けられていた。

○入居施設と外観
タワー上層部に楕円形の展望台(有料)が設置されており、内部は2層構造となっている。双眼鏡も置いてあり、無料で使用できる。タワービル内は2014年9月現在、「京都タワーホテル」の各施設(宿泊客室・宴会場・飲食など)および土産店や公衆浴場のほか、銀行ATM(三菱東京UFJ銀行、京都銀行)・スターバックス・ダイコクドラッグ・100円ショップ(ザ・ダイソー)・手芸店などが入居している。外観は、タワー部はミルキーホワイト色を基調とし、展望台およびその上部の一部分に赤色が用いられている。また、タワービル部にはグループ会社である京阪電気鉄道(京阪)により、京都駅からJR東福寺駅を経由して祇園・清水方面への利用を促す広告などが設置されている。外観塗装色については法規制があり、白と赤となっている。これは地上高60mを越える建造物に該当するため、高輝度航空障害灯を設けない場合は紅白縞模様(鉄塔や煙突と同じ)とする必要があるためである。

○要目
・京都タワービル
構造:地上9階・地下3階(地上31m)
敷地面積:2,783m2
延べ床面積 : 26,256m2
所在地:京都府京都市下京区烏丸七条下ル

・タワー部分
構造:応力外皮構造(円筒形)
高さ:100m(タワーのみ)
地上高さ:131m(海抜159m、展望室は地上100m)
塔の直径 : 上部5.5m、下部10m
延べ床面積 : 1,021m2、うち上部展望台237m2
総重量:約800トン(タワーのみ)
施行:大林組

所在地:〒600-8216京都府京都市下京区烏丸七条下ル東塩小路町721-1

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2016-12-01(Thu)

旧陸軍工兵第四聯隊営門柱・哨兵所

門扉は戦前のもの。レンガ造りの営門の右手前にひっそり哨兵所が建っている。設計建築共に不詳。建設年は1920(大正9)年前後と推測される。

所在地:大阪府高槻市城内町城跡公園

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2016-11-27(Sun)

神戸文学館

神戸文学館(Kobe City Museum of Literature)は兵庫県神戸市灘区にある近代文学館。
○概要
阪神・淡路大震災からの文芸復興のため、神戸市が策定した「文化創生都市推進プラン」の一環として、2006年12月4日に開設された。近代に活躍した神戸ゆかりの小説家・詩人・文学者41人の原稿や所縁の品々等を時代ごとに区切りその時代の神戸の風景写真とともに常設展示する。また神戸を描いた文学者と作品についての展示も行っている。館建物は1904年に、関西学院初代チャペルとして建設(M・ウィグノール設計)され、後に神戸市立王子図書館、王子市民ギャラリーとして親しまれた歴史的建造物を使用する。登録有形文化財(2008年3月登録)。

○施設
常設展示ゾーン
「竹中郁コーナー」-竹中郁の書斎の一部を再現
企画展示ゾーン
神戸文学地図
セミナーエリア
神戸の本棚

○利用情報
開館時間 平日-10:00~18:00
土・日・祝日-9:00~17:00
休館日-水曜日(休日の場合はその翌日)、12月28日 ~ 1月4日

○交通アクセス
阪急神戸線王子公園駅徒歩5分
JR神戸線灘駅徒歩8分
阪神本線岩屋駅徒歩11分

○所在地
〒650-0838兵庫県神戸市灘区王子町3丁目1番2号

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2016-11-19(Sat)

神戸郵船ビル

神戸郵船ビルは兵庫県神戸市中央区海岸通にある歴史的建造物。

○概要
メリケン波止場のすぐ北の初代米国領事館の跡地に1918年、曾禰達蔵・中條精一郎の設計により旧日本郵船神戸支店として建設された近代ビル。 当初は銅葺きの屋根と円形ドームを戴いていたが、1945年の神戸大空襲で焼失した。1994年に日本設計設計、大林組・藤木工務店施工により施された耐震補強工事によって、1995年の阪神・淡路大震災を軽微な被害で乗り越えた。このリフォームは、第5回BELCA賞を受賞している。現在は1階は商業施設になっており、2階以上が貸事務所となっているが、非常時以外は2階以上には建物の西側にある通用口からのみ入るようになっている。夜間は日没から22時までライトアップされる。

○交通アクセス
神戸市営地下鉄海岸線・旧居留地・大丸前駅徒歩8分
阪神本線・元町駅徒歩10分
JR神戸線・元町駅徒歩10分

○所在地
〒650-0024神戸市中央区海岸通1-1-1

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2016-11-19(Sat)

神戸市役所

神戸市役所は、地方公共団体である神戸市の執行機関としての事務を行う施設(役所)である。この頁では、建築物としての神戸市役所について述べる。

○特徴
市内有数の高さの建物であるが、近年は周辺に高層のビルや集合住宅が建てられるようになったため、かつてのランドマークとしての機能は低下している。1号館24階の展望ロビーが無料開放されていて、市街地と港を一望できる。

○所在地
神戸市中央区加納町6丁目5番1号
三宮駅からフラワーロードを西沿いに500mほど南の場所にあり、車道(北町通り)をはさんでさらに南側には東遊園地公園がならんでいる。それらの西側は東町筋をはさんで旧居留地地域が広がっている。敷地の南端に30階建の1号館が、その北に5階建の2号館があり、その北側には神戸市営地下鉄海岸線三宮・花時計前駅の名の由来である花時計が設置されている。また2号館の西側にも3号館と4号館(危機管理センター)がある。1号館、2号館、3号館は連絡路でつながっている。

○歴史
・戦前
1889年(明治22年)に市制が敷かれた際、現在の中央区相生町にあった神戸区役所の庁舎を引き続き市役所として使用した。
1909年(明治42年)12月18日、八宮神社の跡地(現在の中央区橘通1丁目弁護士会館のある場所)に新築移転。

・戦後
1945年(昭和20年)9月9日、行政窓口の効率化のために兵庫区松本通の市立第一高等女学校(現在の神戸市立湊川中学校の場所)と勧業館(現在の兵庫区役所の場所)に移転
1957年(昭和32年)、生田区(当時)加納町の東遊園地に新築移転(現在の2号館)。現在は「2号館」となっているが竣工当時は8階建の本庁舎で、現在の1号館の位置には市会議事堂があった。
1989年(平成元年)8月31日、市会議事堂跡地に現在の1号館竣工。旧本庁舎は2号館となる。
1995年(平成7年)1月17日、兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)により水道局などが入っていた2号館の6階部分が崩壊。後に5階以上を撤去、再整備し、1996年(平成8年)3月15日より5階建の庁舎として使用再開。
2012年(平成24年)1月11日、3号館別館跡地に危機管理センターとして4号館竣工。3号館別館の道路向かいにあった旧4号館は競争入札で一般企業に売却された。

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2016-11-18(Fri)

神戸モスク

神戸モスク(Kobe Mosque)は兵庫県神戸市中央区の山本通の南、パールストリートにあるイスラーム教寺院、歴史的建造物。神戸回教寺院、神戸ムスリムモスク(Kobe Muslim Mosque)が正式名称。ムスリムとはイスラム教徒の意。1935年(昭和10年)、神戸在住のトルコ人、タタール人、インド人貿易商らの出資により建てられた日本で最初のモスクである。イスラム教徒かどうかを問わず、モスク内部を見学可能である。男性は一階の礼拝堂、女性は二階の礼拝堂。多数の見学の場合は事前に要連絡。見学の際、肌の露出(半ズボン、ミニスカート等)は慎むこと。隣接したイスラーム文化センターでは、イスラム教徒を問わず勉強会を行い、広くイスラム基礎知識を提供している。

○歴史
日本でのモスク建立計画は神戸が最初でなく、1909年(明治42年)の東京であるが用地確保の段階で頓挫、1924年(大正13年)にも計画、1931年(昭和6年)に「回教徒小学校」が建てられたがモスク本体は建てられなかった。名古屋においても、1931年(昭和6年)に小さな木造モスクが建立された記録があるが正確ではなく、1936年11月(昭和11年)に完成し、翌年1月に落成式が行われた。その後第二次大戦中の空襲で焼けてしまった。神戸においてモスク建立の必要性が認識されたのは、第一次世界大戦中・戦後に神戸に移住するイスラーム教徒が増加し、計画の具体化は、1928年(昭和3年)来日したインド人貿易商が資金集めに着手した。1925年(大正14年)に来日したエジプト領事も計画に一時的に推進力を与えたが、途中帰国により、エジプト政府の資金導入は出来なかった。恐慌による経済不況とエジプト人領事の帰国で、困難に直面した神戸モスク建立事業は、インド人商人たちのお陰で息を吹き返した。フェローズッディン (Ferozuddin) は資金総額(12万円弱)の半分以上を一人で負担し、ボンベイ(ムンバイ)に本社があるアフメド・アブドゥル・カリム兄弟社が次点の大口出資者となった。また、神戸トルコ・タタール協会も寄付した。当時、決して裕福ではなかったタタール人が生活費を削って寄付金を集めた。海外で資金集めをした S.A.アハメド (S.A.Ahmad) は、インド、英国の海峡植民地にも赴いたが来日した後病死し、モスクの完成をみることはなかった。神戸では、大口出資者のインド人の例外として、在朝鮮タタール人、在神エジプト領事、シリア商人、エジプト領事館員。1934年(昭和9年)11月14日にモスク建設認可が下り、竹中工務店と契約、鉄筋コンクリート造のモスク本体は、地上三階、地下一階で、設計はチェコ出身の建築家ヤン・ヨセフ・スワガーによる「スワガー建築事務所」。当時、イスラーム教は新宗教と同じく、行政上「宗教」の扱いを受けない「類似宗教」と見なされ、法人格は認められなかったが特に問題にはならなかった。1934年(昭和9年)11月30日に定礎式が行われた。トルコ・タタール人、インド人340名が参集した記録があるが、他の都市の参加者も含めた数字と思われる。在日アフガニスタン国公使、在神エジプト領事、在神英国副領事、日本人トルコ学者等が出席。インド人、タタール人の演説は非政治的なものだったと記録がある。日本初のモスク定礎式が行われた事実は海外でも知られることとなった。1935年(昭和10年)7月末に神戸モスクは竣工し、7月24日にモスク使用許可が与えられ、8月2日金曜日に、献堂式が行われた。 インド、ロシア、ドイツ、満州、中国、トルキスタン、ジャワ、日本、エジプト、アフガニスタン出身のイスラーム教徒男女が参集し、モスク委員長のインド人がモスク建立の経緯を語った後、フェローズッディンがモスクの開扉を依頼され、彼はこの日の為に特別に用意された銀の鍵で扉を開け、「日出づる国」初の「イスラーム寺院の開院」を宣言した。これに続いて、会衆が「アッラー・アクバル(神は偉大なり)」と唱えながらモスクへ入り、フェローズッディンによってミナレットの上から、アザーンが行われた後、モスクで初めての金曜礼拝が行われた。献堂式の後、モスクの近くにあったトーアホテル(1950年に焼失)にて祝賀会が行われ、500人から600人ほどの出席者がいた。賓客には、神戸市長、在神英国副領事、エジプト領事、各国領事、外国人商工会議所代表、朝鮮、満州、中国からの参加者もあった。数は少ないが日本人イスラーム教徒や、満州伊新聞協会総裁等も出席。祝賀会では、タタール人の少年による、クルアーンの朗唱、モスク委員長が挨拶、続いて、全インド・ムスリム連盟の元議長ミヤン・アブドゥル・アズィス (Mian Abdul Aziz)、イマームらが演説した。A.アズィスが行った演説は、彼の著書『日出づる国の三日月』にも記されているが、要約すると日本における神戸モスクの建立は日本の宗教的寛容性を象徴するものであるということ。日本にイスラームが広まることを祈願し、「神戸」すなわち「神の門戸」という地名に対する象徴的な解釈。「三日月の地」すなわち「月出づる国」に預言者ムハンマドが最初に建てたモスクがメディナの「Koba (Quba')」クバー・モスクであって、「日出づる国」最初のモスクが「Kobe」コーベ・モスクであるという音的類似に、ある種の神意を感じると述べた。完成したモスクの運営は、組織の主体はスンナ派、法学派としてハナフィー学派であることが明記されており、理事や監事は「スンニ・ハナフィ・ムスリム」により選任されることになった。理由はインド、タタール人の多くはハナフィー学派であったからで、しかし、それ以外の学派の信徒も当然所属することは出来た。モスク委員会や理事会は初期に名誉会長的なエジプト人外交官を除いて、インド人とタタール人のみで構成され、一時期モスク委員長を務めたエジプト領事も寄付を行ったが大きな役割を果たしたと言えず、トルコ大使館や、ペルシャ(イラン)公使館などイスラーム国家の公館はモスク建立事業そのものに関与していない。日本政府も妨害も積極的な援助もしていず、「中央」や「公」の影はほとんどみられない。また、「Kobe」コーベ・モスクは、A.アズィスが、メディナの「Koba (Quba')」クバー・モスクと音的類似があると指摘したが、メッカの「Kabe (Ka'aba)」カーバ神殿とも、音的類似があり、これもある種の神意を感じることが可能である。戦時中1943年(昭和18年)に日本海軍に接収されたことがある。モスクは頑強な地下室と建築構造を持っており、1945年(昭和20年)の神戸大空襲には焼失をまぬがれ、1995年(平成7年)の阪神・淡路大震災には倒壊を乗り切り、現在に至っている。

○建築概要
建物名―神戸モスク
設計―ヤン・ヨセフ・スワガー (Jan Josef ?vagr)
竣工―1935年
構造―RC造・3階建
用途―寺院
所在地―〒650-0004兵庫県神戸市中央区中山手通二丁目25-14
隣接して、イスラーム文化センターと、貸し駐車場がある。

○交通アクセス
阪急神戸三宮駅徒歩8分
阪神神戸三宮駅徒歩9分
JR三ノ宮駅徒歩8分
神戸市営地下鉄西神・山手線三宮駅徒歩7分
神戸市営地下鉄海岸線旧居留地・大丸前駅徒歩10分
山陽新幹線新神戸駅徒歩15分
シティ・ループバス北野工房駅徒歩1分

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2016-11-18(Fri)

旧神戸港信号所

旧神戸港信号所は、兵庫県神戸市中央区の高浜旅客ターミナル(高浜岸壁)南端にある歴史的建造物。

○概略
神戸港に現存する最古の信号所建造物。高さは46.3m。内部には2階にのぼるための手動のエレベーターがある。当初は信号旗を使用。その後発光信号に変更され、1990年(平成2年)に新港第5突堤で信号所としての役割を終えた。現在はハーバーランドのシンボルタワーとして高浜岸壁南端に移築され、保存処置が講じられている。夜間はライトアップされる。

○年譜
1921年(大正10年)-新港第四突堤に建設
1937年(昭和12年)-新港第5突堤に移動
1985年(昭和60年)-ポートアイランドに新信号所設置
1990年(平成2年)-業務移行により閉鎖
1992年(平成4年)-歴史的建造物として保存が決定

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2016-11-18(Fri)

旧神戸居留地煉瓦造下水道

神戸旧外国人居留地の浪速町筋と明石町筋に残る下水施設。口径約90cm円形管90mと,口径60×46cm卵形管1.5mからなり,いずれも煉瓦半枚厚。我国最初期の近代下水施設であるとともに,最初期の煉瓦造構造物のひとつ。英国人技師ハートの設計。

所在地:兵庫県神戸市中央区浪花町・明石町

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2016-11-18(Fri)

北野工房のまち

北野工房のまちは、神戸市中央区にある「神戸ブランドに出会う体験型工房」である。「校舎の面影を極力残す事」をコンセプトに、旧北野小学校の校舎をリニューアルして1998年にオープンした。館内には神戸フランツ、神戸南京町皇蘭、亀井堂、といった神戸ブランドの著名店が20余り入居しており、販売を行っているほか、各店で革小物やアクセサリー、豚まん、パン等の製作を体験できる。

○施設
テナント数19
講堂405m2
ギャラリー80m2

○建物概要
敷地面積:5,135m2
延床面積:1,950m2
所在地:〒650-0004兵庫県神戸市中央区中山手通3丁目17-1


○ショップ
1階
亀井堂
神戸南京町 皇蘭
神戸紅茶
神戸フランツ
Ju-c-100%
ユーカリプティース
灘の酒蔵通り
神戸北野旭屋精肉店
2階
和ろうそくkobe松本商店
マッチ棒
北野カフェ
神戸靴工場
神戸クリスタル80
ぱーるA&S
ファーストピクチャ
リトルクラフト神戸
和雑貨のお店 桜色
花ギャラリー&スクール フロージェ
帽子工房イフティアート

○交通アクセス
JR元町駅徒歩10分
阪神元町駅徒歩10分
神戸市営地下鉄西神・山手線県庁前駅徒歩10分
神戸市営地下鉄海岸線旧居留地・大丸前駅徒歩10分
山陽新幹線新神戸駅徒歩15分
阪急神戸三宮駅徒歩15分


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2016-11-18(Fri)

日本基督教団神戸教会

日本基督教団 神戸教会は、兵庫県神戸市中央区花隈町にある、日本基督教団兵庫教区神戸地区の教会。1874年4月に、現在の神戸市中央区元町5丁目にて設立された摂津第一公会を起源とする、日本最古級のプロテスタント教会である。宗教団体法に伴う日本基督教団の成立により、日本組合基督教会から1941年に日本基督教団第三部に加入する。太平洋戦争の末期には 会堂が日本軍に接収され、外壁を黒く塗られており その外見は日本の敗戦後もしばらく続く。洋画家小磯良平は、当教会員だったことがある。

○教会堂
1932年に建設されている4代目の会堂で、スクラッチタイル張りの外壁に高い尖塔が聳える。礼拝堂には、パイプ総数1,438本のパイプオルガンを備える。

○行事
主日礼拝-毎週日曜日10:15~11:15
聖書研究会-第2火曜日10:15~12:00
聖書研究・祈祷会-毎週水曜日19:00~20:00

○建築概要
設計-原科建築事務所
竣工-1932年
構造-鉄筋コンクリート造2階建
所在地-〒650-0013神戸市中央区花隈町9-16

○交通アクセス
阪急神戸高速線花隈駅徒歩2分
神戸市営地下鉄山手線県庁前駅徒歩2分
JR神戸線三ノ宮駅徒歩10分

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2016-11-18(Fri)

旧居留地十五番館

旧居留地十五番館は、兵庫県神戸市中央区の旧居留地にある西洋館。旧アメリカ合衆国領事館。旧居留地に唯一現存する居留地時代(1868年~1899年)の建築物で、国の重要文化財にも指定されており、当時の街区境界の煉瓦塀や石柱などとともに保存されている。重要文化財指定名称は「旧神戸居留地十五番館」。館は神戸市立博物館の西向かいに位置する。館の東玄関脇の歩道には日本最古の近代下水道である「旧神戸居留地煉瓦造下水道」(工事期間1868年-1872年)の遺構(国の登録有形文化財)が展示されている。日没から23時までライトアップされる。

○歴史
1880年頃、アメリカ合衆国領事館として建てられたもので、その後、商館等として使用されていた。現在は株式会社ノザワの所有になっている。1995年の阪神・淡路大震災において全壊してしまったが、元の建材で明治時代の建築技術および最新の免震技術を導入した復元工事が行われて1998年に完成した。この工事のとき、創建当時の塗装色に変更され、木柵と門扉も再建されている。

○施設
レストラン[TOOTHTOOTH maison15th]が2012年9月15日より営業中

○建築概要
2階の南正面にはベランダを設け、屋根上には左右2つの三角形のペディメント(破風)を設ける。建物東側にアーチ形の入口があり、1階内部は廊下の途中にイオニア式円柱とアーチを組み合わせたセルリアーナがある。2階ベランダ部分は、後の改造により室内に取り込まれていたが、阪神・淡路大震災後の復旧に際して、元通りベランダに復元された。当建物の西側には、隣の「居留地十六番」との境界の煉瓦塀と境界石柱(「16・15 」と刻まれている)が残り、重要文化財の附(つけたり)として指定されている。

○交通アクセス
JR西日本三ノ宮駅徒歩10分
JR西日本元町駅徒歩8分
阪急神戸三宮駅徒歩10分
阪神神戸三宮駅徒歩8分
阪神元町 徒歩8分
神戸市営地下鉄山手線三宮駅徒歩10分
神戸市営地下鉄海岸線旧居留地・大丸前駅徒歩5分
ポートライナー 三宮駅徒歩10分
山陽新幹線新神戸駅 車10分

○所在地
兵庫県神戸市中央区浪花町15番地

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2016-11-18(Fri)

旧神戸住友ビル(銀泉神戸ビル)

旧神戸住友ビルは兵庫県神戸市中央区栄町通にある歴史的建造物。1934年、長谷部竹腰建築事務所・長谷部鋭吉の設計により住友銀行神戸支店として建設された近代ビル。 鉄筋コンクリート造り3階建て。東面・北面の3連アーチ窓が特徴の建物。なお、住友銀行神戸支店はさくら銀行と合併して三井住友銀行となった際に神戸中央支店と改名したが、2002年10月18日に建物としては閉店(神戸営業部内に移転・2003年1月20日に正式統合)している。これを受けて、建物名も銀泉神戸ビルに改名したが2014年に解体された。

○所在地
神戸市中央区栄町通1-11


2016-11-18(Fri)

旧居留地38番館

旧居留地38番館は、兵庫県神戸市中央区の旧居留地にある歴史的建造物。名称にある「38」という数字は、外国人居留地時代の区画番号を意味する。 百貨店の大丸(現大丸松坂屋百貨店)が所有し、北側と西側に隣接する大丸神戸店の倉庫として使われていた。現在では、建築の価値を生かして店舗の一部として用いられている。1980年代、旧居留地が「最も神戸らしい街」に再生するきっかけとなる象徴的な建物の一つでもある。

○概要
ウィリアム・メレル・ヴォーリズの設計で1929年にシティバンク神戸支店として建設された。1階をシティバンクが使用、2階には独逸染料、バイエル薬品が入居、3階に帝国酸素が入居していた。その後2階のドイツ系2社が退去し、2階、3階を帝国酸素が使用した。南側正面に4本のイオニア式円柱と東側面に7本の壁柱および石積み外壁等の石造意匠を有したアメリカン・ルネッサンス様式の近代建築。仲町通りに面して大正時代築の外壁が残されている神戸大丸百貨店2号館・3号館と隣接しており、それらとともに100mにわたるクラシカルな外観で統一された街区を形成する。夜間は日没から22時までライトアップされる。

○建築概要
設計-ウィリアム・メレル・ヴォーリズ/ヴォーリズ建築事務所
竣工-1929年
改修-1988年
施工-竹中工務店
構造-鉄骨鉄筋コンクリート造、地上3階、地下1階
所在地-〒650-0037 兵庫県神戸市中央区明石町40
近代化産業遺産(「旧居留地銀行ビル群、海岸通商業ビル群」の一部)

○交通アクセス
神戸市営地下鉄海岸線旧居留地・大丸前駅 徒歩すぐ
阪神本線元町駅徒歩5分
JR神戸線元町駅徒歩5分

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2016-11-18(Fri)

ホテルオークラ神戸

ホテルオークラ神戸は、兵庫県神戸市中央区にあるホテル。オークラホテルズ&リゾーツのメンバーである。

○概要
1989年6月22日に開業。1995年1月の阪神・淡路大震災では、ロビーの天井や壁面が落下するなど、建物の内装が被害を受けたが、建物自体には大きな被害はなかった。その年、ファイトなどの窓文字を浮かび上がらせたこともあった(東日本大震災の際にも)。開業当初はホテルオークラによる直営ホテルだったが、2001年10月1日に株式会社ホテルオークラ神戸を新設、分社化し、「株式会社ホテルオークラ神戸が施設を保有し経営主体となり、ホテル運営を株式会社ホテルオークラに委託する」という経営形態となった。ホテルオークラ東京に準じた、和洋折衷の内装になっている。特に1階宴会場は木目を多用したインテリアと日本庭園を望むホワイエを持ち、独特のたたずまいを作っている。2007年5月30日、藤原紀香と陣内智則の結婚披露宴が行なわれた事でも知られる。

○施設
客室:459
28~29階はプレシャスフロア、30~33階はスーペリアフロアと呼ばれ、内装が異なる。
レストラン:レストランエメラルド、中華料理桃花林、カフェレストランカメリア、和食堂山里、鉄板焼さざんか、テラスレストラン
宴会場:大宴会場「平安の間」など

○所在地
〒650-8560兵庫県神戸市中央区波止場町2-1

○アクセス
JR・阪神元町駅より徒歩10分
神戸市営地下鉄海岸線みなと元町駅より徒歩5分
山陽新幹線新神戸駅よりタクシーで12分
三宮駅または新神戸駅よりシャトルバス

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2016-11-18(Fri)

チャータードビル

チャータードビルは、兵庫県神戸市中央区海岸通にある歴史的建造物。ジェイ・ヒル・モーガンの設計で、チャータード銀行(Chartered Bank)神戸支店として1938年に竣工した。今日の神戸旧居留地海岸通を代表する近代建築の一つになっている。

○概要
正面外壁にはイオニア式列柱が配されている。内部は、装飾が施された折れ天井に、全面に大理石貼りがなされた広大な吹き抜け空間が配されているなど、英国の銀行らしい豪壮な造作になっている。かつて、銀行1階ロビーであった場所には、ZOY(ゴルフウエア)、E.H BANK(カフェレストラン)、2・3階にはネオクラシックなザ・チャータード スクエア(フレンチレストラン)が営業しており、2012年からはNPO法人芸法が運営するGaleries & cafe 1もオープンした。南西と南東の角にはレトロな木製の回転ドアが当時のまま残っているが、近年になって針式インジケータに手動蛇腹扉のエレベータや、波打つ窓ガラスなどが失われてしまった。日没から22時までライトアップされる。

○建築概要
設計―ジェイ・ヒル・モーガン(Jay Hill Morgan)
施工―大倉土木
竣工―1938年
構造―RC造
規模―地上4階
所在地―〒650-0024兵庫県神戸市中央区海岸通9
近代化産業遺産(「旧居留地銀行ビル群、海岸通商業ビル群」の一部)


○交通アクセス
神戸市営地下鉄海岸線旧居留地・大丸前駅徒歩8分
阪神本線元町駅徒歩10分
JR神戸線元町駅徒歩10分

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2016-11-14(Mon)

兵庫県公館

兵庫県公館は1902年(明治35年)に建てられた庁舎建築。当初の用途は兵庫県庁本庁舎。1985年(昭和60年)からは県の迎賓館および県政資料館として活用されている。

○概要
中庭を中心とする回廊式の壮麗なルネサンス建築で、設計は文部技官山口半六。竣工時は日本最大級の庁舎建築であった。これは1890年代から東洋最大の海運市場を有するようになっていた神戸港の往時の繁栄を映したものともいえる。第二次世界大戦の神戸大空襲で外壁以外の全てを焼失するなどしたため、これまで二度の大改修工事が行われてきた。1948年(昭和23年)には阪神教育事件で暴徒に占拠される。1983年(昭和58年)に県庁庁舎としての役割を終えたのを期に外装および内装が細部に至るまで竣工時の姿へと復元され、1985年(昭和60年)に「兵庫県公館」と名前を変えて再開館した。建設当初から残るものは建物外壁のみであるがその歴史的文化的価値の高さから国の登録有形文化財に登録されている。毎年、阪神・淡路大震災の発生した1月17日には県主催の追悼式典の会場となる。館内には洋画家小磯良平の作品「KOBE, THE AMERICAN HARBOUR」と、その25倍の大きさの西陣織タペストリーなど、金山平三、東山魁夷、横尾忠則ら県所縁の芸術家の作品が多数展示されており、また大会議室や第一会議室は芸術系展覧会開催に利用されるなど、館全体が美術館・博物館としての性格も持つ。

○建物概要
設計-山口半六
起工-1899年(明治32年)
竣工-1902年(明治35年)
敷地面積-8,772.5m2
建築面積-4,519.0m2
延床面積-9,498.7m2
所在地-〒650-0011 兵庫県神戸市中央区下山手通4丁目4番1号
受賞-第1回公共建築賞建設大臣表彰(1988年(昭和63年))

○開館日
迎賓館-土曜日のみ(年末年始除く)
県政資料館-月~土曜日(年末年始除く)

○交通アクセス
神戸市営地下鉄西神・山手線県庁前駅徒歩1分
神戸市営地下鉄海岸線みなと元町駅徒歩6分
JR西日本元町駅徒歩5分
阪神元町駅徒歩6分

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2016-11-14(Mon)

神港ビル

神港ビルは、兵庫県神戸市中央区海岸通にある近代建築。神戸旧居留地を代表するビルの一つ。玄関上部には「神港ビルヂング」と書かれている。近代化産業遺産(「旧居留地銀行ビル群、海岸通商業ビル群」の一部)。

○概要
1939年(昭和14年)に川崎汽船本社ビルとして竣工して以来、現役のオフィスビルとして利用されつづけており、現在でも川崎汽船の登記上の本店所在地となっている(実際の本社機能は東京都千代田区)。 チャータードビルの西隣、海岸通り(国道2号)に面して建つ。奥行きは70m近くあり、入り口の数が多い。近代建築と現代建築の境界に位置する様式で、特に屋上の塔屋はアールデコの影響が強い。装飾がなされたガラス張りの塔は、当時、既にアメリカで建設されつつあったモダニズムスタイルのビルをイメージさせる。日没から22時までライトアップされる。

○交通アクセス
神戸市営地下鉄海岸線旧居留地・大丸前駅徒歩8分
阪神本線元町駅徒歩10分
JR神戸線元町駅徒歩10分

○所在地
〒650-0024兵庫県神戸市中央区海岸通8

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2016-11-14(Mon)

神戸税関

神戸税関は、日本の税関。兵庫県神戸市中央区の新港地区に主たる事務所を置く。兵庫県と中国地方(山口県を除く)、四国地方を管轄する。「開かれた税関」を目標に掲げ、本関の中庭および庁舎内の一部を公開している。

○歴史
1868年1月1日-江戸幕府により、兵庫運上所開設
1873年1月4日-神戸税関に改称
1873年12月-初代本関庁舎竣工(石造、地上2階建)
1922年1月20日-初代本関庁舎を火災で焼失[1]
1927年3月-2代目本関庁舎竣工(花崗岩・煉瓦張り、地上4階建)
1998年11月-3代目庁舎竣工。2代目庁舎の外観とホール等を保存・継承

○本関
庁舎建築概要
2代目庁舎は大蔵省営繕課により設計され1927年に竣工した「帝国の大玄関番たる税関として決して恥ずかしからぬ近代式大庁舎」と称された日本最大の税関庁舎で、神戸港新港地区のランドマークになっていたが、阪神・淡路大震災で被災し半壊。現在の3代目庁舎は1998年に改築された最新鋭のインテリジェントビルである。保全された旧館とで構成され、旧館を船体に見立てるとその棟の上に現れた新館(3代目庁舎)の高層部が船のブリッジにもみえる。改築工事では旧本関庁舎に連結する旧別館を取り壊し中心に新館を建設したあと、旧別館の外壁を再構築。それにより旧本関庁舎の花崗岩張りの時計塔を含めた外観と内部ホール等は、ほぼ完全な形で保全された。この景観を残した点が高く評価され、公共建築賞やJIA環境建築賞など数多くの賞を受けている[2]。

○所在地
〒650-0041
兵庫県神戸市中央区新港町12番1号

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2016-11-14(Mon)

神戸市立博物館

神戸市立博物館(Kobe City Museum)は、神戸市中央区京町にある人文科学系博物館である。
○概要
神戸市立南蛮美術館と神戸市立考古館が統合し、1982年(昭和57年)に開館した。「国際文化交流-東西文化の接触と変容」を基本テーマとし、国宝を含む考古学資料や古地図、「聖フランシスコ・ザビエル像」や「織田信長像」、「豊臣秀吉像」といった著名な美術品、および金山平三や小磯良平ら神戸ゆかりの芸術家の作品等、約5万点を所蔵・展示している。

○旧南蛮美術館
神戸市立博物館の前身の一つは神戸市立南蛮美術館である。この南蛮美術館のさらに前身は、神戸市出身の池長孟が自らの収集品を展示して1940年(昭和15年)に開館した私立池長美術館であった。池長美術館は、池長が昭和時代初期から収集を始めた南蛮紅毛美術(南蛮美術・紅毛美術[注釈 1])の収集品を展示する施設として、神戸市葺合区(現・中央区)熊内町に開館した。しかし、開館当時は戦時色の濃い時代であり、美術館は数回の展示を行った後、第二次世界大戦中の1944年(昭和19年)に休館した。終戦後、コレクションの散逸を恐れた池長は建物とコレクションを神戸市に譲渡し、神戸市ではこれをもとに1951年(昭和26年)、「市立神戸美術館」を開館した。その後、1965年(昭和40年)の「神戸市立南蛮美術館」への改称を経て、長年にわたって神戸市における南蛮美術の拠点としての役割を担ったが、1982年(昭和57年)、神戸市立博物館に統合され閉館した。旧南蛮美術館の建物は神戸市文書館として使用されている。

○建物
1935年(昭和10年)に竣工した新古典主義様式の建物は、旧三菱銀行本店や丸ビル旧館などを手がけた建築家・桜井小太郎最後の作品で、横浜正金銀行神戸支店として建設され、戦後は後身の東京銀行神戸支店として使用されたものである。同行神戸支店の旧警察署跡地への移転に伴い神戸市の所有となった。神戸市立考古館から神戸市立博物館へ転用するにあたって1982年(昭和57年)に大規模な増改築が行われたが、国の登録有形文化財として登録されている。日没から22時までライトアップされる。

○建物概要
設計-桜井小太郎
増改築設計-神戸市、坂倉建築研究所
竣工-1935年(昭和10年) 
増改築竣工-1982年(昭和57年)
延床面積-10,073m2
所在地-〒650-0034兵庫県神戸市中央区京町24
国の登録有形文化財、および近代化産業遺産(「旧居留地銀行ビル群、海岸通商業ビル群」の一部)

○交通アクセス
JR神戸線および阪神本線元町駅徒歩8分
阪神本線神戸三宮駅徒歩8分
阪急 神戸三宮駅徒歩10分
JR神戸線三ノ宮駅 徒歩10分
神戸市営地下鉄海岸線旧居留地・大丸前駅徒歩5分
神戸市営地下鉄西神・山手線三宮駅徒歩10分
ポートライナー三宮駅徒歩10分
山陽新幹線新神戸駅車10分

○所在地
〒650-0034兵庫県神戸市中央区京町24

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2016-11-14(Mon)

神戸ポートタワー

神戸ポートタワーは、神戸港中突堤の袂に建つタワー。
○概要
港の景色が楽しめるように、中突堤(埠頭)上に1963年に建設された展望用のタワーである。その後、1980年代のメリケンパーク造成により東岸が、1990年代の中突堤中央ターミナル造成により西岸が其々埋め立てられ、現在は埠頭上には位置していない。世界初のパイプ構造の建造物で、和楽器の鼓を長くしたような外観(双曲面構造)が特徴である。その独特の構造・形状から「鉄塔の美女」とも称され、高層建築物のモデルの一つとなっている。また日本で初めてライトアップされた建造物でもある。当時の神戸市長(第7代)であった原口忠次郎は、元内務省の技術官僚でもあったが、1959年にロッテルダムを訪れた際に、港を一望するユーロマストに感激し、このタワーの建設を思い立った。その4年後に実現することになる。ちなみに当初タワー全体を銀色にする予定だったが、地上からの高さが60mを越す事から当時の航空法によって黄赤をメインに白にアクセントにした塗装に変更させられている。以降、神戸港のシンボルとして広く知られ、修学旅行などの観光客が港町神戸を学習する際にその多くが立ち寄る拠点ともなっている。中には売店・レストラン・展望台がある。2009年12月-2010年3月の間、神戸市によって建設以来の大規模な改修工事が行われた。総事業費は約3億3,000万円。17年振りの鉄塔の塗装の塗り直しをはじめ、LEDの使用による新たなライトアップや展望室のリニューアル(1階床の一部ガラス化および5階天井に光ファイバーを使用した星雲状の星空の演出)、バリアフリー化がなされた。照明の色は白1色から光の三原色(赤・青・緑)にすることにより40種類のイルミネーション演出が可能となった。2010年4月28日19時00分に式典が開催されリニューアルオープンした。2013年11月21日、開業50周年式典が行われた。22日まで開業当時の入場料金、大人150円、子供80円で入場出来るなどの特典があった。第15回日本建築学会賞(1963年)、 建築業協会優良建築賞(BCS賞)、照明学会照明普及会賞、DOCOMOMO JAPAN選定 日本におけるモダン・ムーブメントの建築(2003年)の受賞歴がある。2014年12月に国の登録有形文化財に登録された。

○開場時間
3月-11月9:00-20:30
12月-2月9:00-18:30(ただし、大晦日9:00-16:30 元日6:30-16:30)

○所在地
〒650-0042兵庫県神戸市中央区波止場町5-5

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2016-11-14(Mon)

新港貿易会館

新港貿易会館は兵庫県神戸市中央区の新港地区にある国登録有形文化財建造物。

○概要
昭和5年、神戸税関の東向い且つ旧神戸市立生糸検査所の南隣に、新港・小野浜地区に点在していた港湾関係業者の事務所を集約するための施設「新港相互館」として建設された。外壁はスクラッチタイル張り、玄関や船室にあるような丸窓などにステンドグラスが配される等、幾何学図形、アールデコ風の意匠が凝らされている。国登録有形文化財および神戸市指定景観形成重要建造物に指定された後も、テナントビルとして使用され続けている。

○交通アクセス
各線三宮駅および三ノ宮駅徒歩20分
ポートライナー 貿易センター駅徒歩5分
日本で一番短い国道の174号線に西に面する

○所在地
〒650-0041
兵庫県神戸市中央区新港町8-2

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